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「両会」報道あれこれ

 

島影均 1946年北海道旭川市生まれ。1971年、東京外国語大学卒業後、北海道新聞社に入社。1989年から3年半、北京駐在記者。2010年退社後、『人民中国』の日本人専門家として北京で勤務。
3月の北京は半ばまで「両会(リアンホエイ)」一色でした。中国にとって重要なふたつの会議—立法機関の全国人民代表大会(全人代)と諮問機関の中国政治協商会議がほぼ同時期に開かれたからです。双方の出席者は合わせて約5200人を数え、年に一度の政治イベントです。  

かつて筆者も日本人記者の一人として取材した経験がありますが、今年の中国内外のメディア記者の活発な取材ぶりを、北京の地元紙の紙面から見聞すると、情報公開がかなり進み、外国人記者も取材しやすくなったな、という印象でした。  

両会議のプレスセンターによると、記者は内外あわせて3000人を超え、外国人記者は合計900人。日本人記者、米国人記者はそれぞれ200人ずつ。香港、マカオ、台湾からの記者は約600人だったそうです。今回は中国が国内総生産(GDP)で日本を抜いて世界第2の経済大国になって最初の会議でしたから、アフリカ、南米などの新興諸国の取材陣が目立ったようです。  

20数年前は、まだ「両会」という表現もなく、記者会見など広報サービスも今回のように十分ではありませんでした。それが今では、中国で起きているほとんどの問題について、連日開かれている記者会見でそれぞれの機関のトップから公式見解を聞くことができ、広報体制はかなり充実してきたようです。  

各紙に掲載された記者の取材ぶりを報道した記事や写真を見て、思わず、昔と同じだな、と感心したこともありました。当時も人民大会堂前で会議に参加する代表に直撃インタビューを試みるケースがありましたが、迫力を感じたのは、復帰前の香港や台湾の女性記者たちでした。特にテレビ記者は、今では常識になっていますが、社名とロゴが入ったマイクを突き出して、果敢に取材していたのには驚かされました。  

今回も大活躍したのは女性記者たち。記者会見は指名制ですから、ただ手を上げただけでは質問させてもらえません。赤い服が「勝負服」らしく、かなり指名率は高かったようです。中にはiPadに記者会見している人物の画像を映し出し、これを高々と掲げて、指名をねらうアイデア賞ものの記者もいました。

2012年3月10日、第11期全国人民代表大会第5回会議で開かれた雲南代表団の記者会見で指名を求めて手を挙げる女性記者たち(新華社)

懐かしいと思ったのは、全人代スポークスマンの李肇星氏でした。20数年前、外交部(外務省)のスポークスマンとして、毎週の定例記者会見で内外記者の質問に答えていました。その後、カナダ大使などキャリアを積み、外相を務め、3年前から全人代のスポークスマンを務めています。当時も質問にてきぱき答え、時に、断定調の回答をして、外国人記者の反発も買いましたが、ユーモアを解し、やり手外交官のイメージでした。  

今回の記者会見でも、あらゆる質問にたちどころに答え、通訳が間違えると直ちに訂正し、快刀乱麻の活躍ぶりでした。北京の地元紙は72歳の李肇星氏に「星爺」のあだ名をたてまつり、人気者でした。

 

人民中国インターネット版 2011年5月

 

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