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「婦女」って私たちも?

 

3月8日は「三八婦女節」で、働く女性はこの日は半ドンでした。「国際婦人デー」の中国版ですが、1人っ子世代の「80后(パーリンホウ)」と言われる1980年代生まれ、続く「90后(チューリンホウ)」以降の女性は「婦女」という言葉に違和感があるらしく、中国式「ツイッター」の「微博(ウェイポ)」では「女士節」に変えるべきだというつぶやきが飛び交ったそうです。日本でも「婦人」「主婦」が死語になり始めているようですが、期せずして、中国の若い女性も「婦」という文字に何かしら嫌な雰囲気を感じるのでしょうね。そう言えば日中両国語で同じ意味に使われる「夫唱婦随」「婦道」には男尊女卑のにおいがプンプンしますね。

全人代の内外記者会見で記者の質問に笑顔で答える傅瑩スポークスウーマン(CFP)

ところで、3月前半の北京は「両会」と略されている全国人民代表大会(日本の国会に相当、全人代)と中国政治協商会議全国会議(国政に対する助言機関)という年に1度の政治イベント一色でした。全国から約5200人の代表と委員が集まりましたが、注目のひとつは女性の進出でした。全人代は2987人の代表のうち699人が女性で、23.45%に増えたそうです。

日本では昨年暮れの総選挙の結果、衆議院の女性議員は戦後最多だった54人から38人に減り、定数480のわずか8%弱になりました。男女共同参画は各国それぞれ取り組み方が違います。北欧のようにクオーター制で割り当てを決めている国々もありますが、中国は中国流で女性の政治参加が進んでいるようです。

全人代に出席した少数民族女性代表はきらびやかな民族衣装を着ていますから、はなやかでした。報道で、ひときわ目立ったのが大会スポークスウーマンの傅瑩外交部副部長(日本の外務次官)。これまではスポークスマンでしたが、今年は初めて女性。60歳の彼女は新中国成立後2人目の外務次官であり、蒙古族出身で少数民族初の外交部副部長。北京外国語大学で英語を専攻し、外交部では鄧小平氏の通訳を務め、カンボジアで平和維持活動に参加し、フィリピン、オーストラリア、英国大使を歴任したベテラン外交官です。銀髪で柔和な表情の彼女は内外記者の質問をにこやかに、てきぱきとさばいていました。中国の新聞は「柔中帯剛」と評していましたが、柔軟な語り口ながら、これまでの原則は一歩も譲らない対応でした。  中国では女性の意識改革がどんどん進み、あらゆるジャンルに進出しています。中国の映画やテレビドラマを見て感じる中国人女性は元気はつらつ、早口でまくし立て、男をやり込めるタイプが多いようですね。日本でも「肉食系男子」は「絶滅危惧種」のようですが、もしかしたら中国の男子も……。  最後に3月号の「年画」の子どもは6人が正解。河北省では「六子争頭」と言って、多産と豊作を願う意味だそうです。

島影均

1946年北海道旭川市生まれ。

1971年、東京外国語大学卒業後、北海道新聞社に入社。

1989年から3年半、北京駐在記者。

2010年退社後、『人民中国』の日本人専門家として北京で勤務。

 

人民中国インターネット版

 

 

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