【漢詩望郷(38)


『唐詩三百首』を読もう(30)杜甫を読むH

                 棚橋篁峰


 前回に続いて、「麗人行」を読んでみてください。

就中雲幕椒房親、
 就中 雲幕なる 椒房の親、

賜名大国カク与秦。
 名を賜う 大国のカクと秦と。

紫駝之峰出翠釜、
 紫駝の峰は 翠釜より出だされ、

水精之盤行素鱗。
 水精の盤に 素鱗を行る。

犀箸厭飫久未下、
 犀箸は厭飫して 久しく未だ下 されず、

鑾刀縷切空粉綸。
 鑾刀は縷切すれど 空しく粉綸 たり。

黄門飛 不動塵、
 黄門は を飛ばして 塵を動か さず、

御廚絡繹送八珍。
 御廚は絡繹として 八珍を送る。

簫鼓哀吟感鬼神、
 簫鼓は哀吟して 鬼神をも感ぜ しめ、

賓従雑 実要津。
 賓従は雑 して 要津に実てり。

【通釈】
 中でも、雲のように張り巡らしたまん幕の楊貴妃の親戚は、
 大国のカクと秦の名をいただいている。
 
赤栗毛の駱駝のこぶが、緑の釜から取り出され、
 水晶の大皿に銀白色の鱗の魚が並べられている。

 しかし、食べ飽きて犀の角の箸は、なかなかご馳走に手がつけられず、
 鈴のついた包丁は、糸のように細かく切り刻むが、ただ忙しいばかり。

 後宮の宦官が馬を走らせて、土ぼこりを立てずにやって来て、
 天子の厨房から次々と珍味が送られてくる。

 笛と太鼓は、哀調を帯びて鬼神をも感動させ、
 お供の人たちはごった返し、権力者の周囲にあふれている。

後来鞍馬何逡巡、
 後れ来たる鞍馬は 何ぞ逡巡たる、

当軒下馬入錦茵。
 軒に当たりて馬より下り 錦茵に入りぬ。

楊花雪落覆白蘋、
 楊花は雪のごとく落ちて白蘋を覆い、

青鳥飛去銜紅巾。
 青鳥は飛び去りて 紅巾を銜えたり。

炙手可熱勢絶倫、
 手を炙らば熱す可し 勢いは絶倫なり、

慎莫近前丞相嗔。
 慎みて近前する莫かれ 丞相嗔らん。

【通釈】
 馬にまたがり後からやってきた人は、なんとゆっくりと来ることであろうか、
 まん幕の処で馬を下り、錦の敷物の中に入っていく。

 柳絮(柳の実が綿のようになって飛ぶもの)が雪のように舞い落ちて、白い水草を覆い、
 青い鳥が飛んで行き、紅いスカーフをくわえる。

 手を出して火に炙れば火傷するほど、彼らの権力は絶対だ、
 気を付けて近づかない方が身のためですよ、丞相(楊国忠)閣下ににらまれるから。

 絢爛たる遊興に浪費する楊一族の権力を見た杜甫の胸中は張り裂けんばかりであったと思われます。前年杜甫は「兵車行」で「君聞かずや漢家山東の二百州、千村万落 荊杞を生ず」と詠っているのです。そのような社会の現状を踏まえて、この詩の美しさは、杜甫が権力の腐敗に対して、何も出来ずに嘆いている姿が見えると思います。

 「麗人行」終わり。