特別寄稿

流坑村からもらった宝物

                   高橋 亜彌子

   写真家、高橋亜彌子さんは「中国」を撮り続けて16年になる。その作品は、日本各地だけでなく、ジュネーブでも展示された。また中国でも何回も彼女の写真展が開かれている。50回以上の訪中歴があり、いまも深く中国とつながっている高橋さんは、弊誌の創刊50周年に当たり、多くの写真とともにメッセージを寄せた。(編集部)  

爺さんのそばにはいつも孫がいる。この村は普段、老人と子どもばかりが目につく。若者は出稼ぎに行っているのだろう

 半世紀にわたり、日本の人々に、中国の過去と現在、そして未来を紹介してくれた『人民中国』。ありがとう。創刊50周年をお祝いします。

 私は1997年から、江西省の流坑という村で「千古一村の翁と媼たち」というテーマで村人たちを撮影しています。ここは上海から西へ1200キロほど離れた人口約3500人余りの村里です。

 流坑村は、村全体が明の時代からタイムカプセルで保存され、時代の流れの中で取り残されたような村です。7年ほど前、『人民中国』に紹介され、私は初めてその写真を見たのです。撮影したのは、江西省撮影家協会会員の銀光燦氏です。

2月、春節の日には、若者が街から帰郷。お年寄りの存在が小さく感じます。村に活気がもどる時です

 最近ではもう珍しいことになってしまいましたが、この村は外国人が訪れることのできない「未開放」の村でした。村の裏は山、前は川で、風水(方位や占い)に則って、村は三角形に造成されています。村の日常生活はおそらく数百年も変わることなく営まれてきただろう、それを髣髴させる村のたたずまいです。

 私は16年ほど前から、中国の文化に魅せられ、それをテーマに中国での撮影を続けて来ましたが、流坑村の写真を見て早速、カメラを手に現地に出かけました。南昌から車で5時間余り。村は想像していた通り素朴で、村人は自然と上手に付き合いながら農業を基本として暮らしていました。

村の市場に、昼ごろになると集まる男たち。やはり孫がそばにいる

 しかし、改革・開放政策が始まり、経済改革の波がこの辺鄙な村にも押し寄せてきていました。働き盛りの大人たちは、遠く福州や上海などに出稼ぎに行っていました。村の中で目につくのはお年寄りと子どもたちばかりです。

 けれどもこんな草深い農村なのに、村の建物や日常生活に使われている道具、家に飾られた書画などの一つ一つが、歴史的文化遺産といってもよいほどのものなのです。日本だったらどれも博物館に収まっていることでしょう。

土に生きる老人の目に厳しさを感じる。この村は、村の外に畑や田があり、農業が主な産業になっている

 それ以来、毎年一度は流坑村を訪れ、村の人々に会ってきました。そして2002年の春節(旧正月)には、これまで撮りためた作品88点を持参し、村の古い舞台で作品展を開催することができました。日本からも22人の友人が応援に同行してくれ、にぎやかなオープニングとなりました。

 村の人たちにとっては、展覧会で自分たちが写っている写真を見ることは初めての経験だったのでしょう。子どもたちが興奮に目を輝かせて「これはね、私のお爺ちゃんよ」と写真を指して私に教えてくれるのです。

 舞台の上では、お願いしたわけでもないのに、古老が二胡を演奏して、会場の雰囲気を盛り上げてくれました。「人間の心のつながりって、こんなことから始まるんだわ。近ごろ世界中、悲しい知らせばかりなのに……」。この写真展を一番初めに流坑村で展示してよかったと、しみじみ思いました。

 それ以後写真たちは、上海、北京、東京、ジュネーブと、一人歩きを続けております。これも『人民中国』が私にくれた「宝物」です。

 声高に我を呼びし村人の
    笑顔やさしさ故郷に似て

   
シャッターを切る瞬間、観音様のような顔の美しさを感じた   孫の世話をする翁。よく目にする家の中である   石だたみの道を歩いていると、翁が現れた。シメタと思ったとき、いたずら坊主が歩み寄る。私は日本語で「だめだめ」と言った。坊主は「これは俺の爺ちゃんだもの」と叫んだ。いま彼は私の助手をしてくれている

     
  流坑村の代表的な造型物の前で、媼が孫と遊ぶ。日本であれば、重要文化財のそばで日常生活が営まれているわけです   働き者の農婦。私の姿を見ると皆、笑ってくれる  

     
  写真は媼の現実よりも、女が持つ内面性の強さを表現してくれる   村の招待所から風景を見ていると、モヤシを作る桶を担いで農婦がやってきた。招待所の裏に井戸がある  

   
媼が持っているのは、移動式火鉢。かわいい形をしている   たぶん夫婦であろう二人。この歳になると、日常的な在り方を感じる   村のメーンストリートを牛とともに歩く翁。石だたみが村の代表的な風景である


 

【高橋亜彌子さんのプロフィール】
1943年 神奈川県横須賀市に生まれる。1964年 東京総合写真専門学校卒業。以後、「肖像写真・写心一彩」「予感に満ちた記憶」を発表。上海の京劇や崑劇を撮った「花あそび」発表。1994年写真集『鏡の中の役者たち』を出版。東京・銀座コンタックスサロンで写真展開催。その作品213点は上海オオ案館に永久保存されている。2002年 流坑村にて「千古一村の翁と媼たち」写真展を開催。上海国際撮影展出品、北京にて個展開催。2003年 ジュネーブで展示。東京・銀座のフジフォトサロンで個展。