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もっとも大きい殷の青銅器
司母戊鼎
 
 文・董g 写真提供・中国国家博物館


青銅器 殷(商)
(紀元前17世紀〜同11世紀)
高さ133センチ、足の高さ46センチ、壁の厚さ6センチ、重さ875キロ


 

 商(紀元前17世紀〜同11世紀)は、中国初期の重要な発展期であり、世界の古代文明史上でも、重要な時代に当たる。首都はいまの河南省安陽市の殷に置かれていた。1939年、安陽市武官村で、関係者を震撼させた司母戊鼎が出土した。

 司母戊鼎は、現存する商の青銅器の中で、最大で最も重い一点である。巨大で、見た目は落ち着いている。内側の壁には、「司母戊」という三文字の銘文があり、商王の文丁が母親を祭るために鋳造した器物である。その外形の優雅さは、商文明の偉大さを表している。

 鋳造の跡を観察すると、鼎の胴体は四つ、それぞれの足は三つ、底と内側の壁は四つ、取っ手の部分はそれぞれ二つの鋳型からできているのがわかる。最後に、内外の鋳型に流し込んで各部分をつなぎ合わせるという「合範法」によって造られた。

 統計によると、司母戊鼎を鋳造する際に使われた銅は千キロ以上。測定される金属は、銅84・77%、錫11・64%、鉛2・79%であり、このことから、商の時代に、すでに青銅器鋳造の最適な割合が正確に把握されていたことがわかる。


 司母戊鼎は、商の青銅器鋳造技術が高度に発展していたことの証である。また、中国国家博物館の秘宝中の秘宝であり、内外に誇れる「国宝」と言える。

 

 
 

中国国家博物館

 

 
 中国国家博物館は、天安門広場の東側に位置する。前身は、中国歴史博物館と中国革命博物館である。

 中国歴史博物館は、1912年7月9日に設立された「国立歴史博物館準備処」を前身とし、1949年10月1日、中華人民共和国成立とともに「国立北京歴史博物館」と改名された。

 中国革命博物館の前身は、1950年3月に設立された「中央革命博物館準備処」である。天安門広場東側に両館が完成したのは1959年8月、同年10月1日から一般公開がはじまった。

 現在の中国国家博物館の建築面積は6万5000平方メートル。61万点の文物を所蔵し、その中には、中国の歴史教科書に必ず登場する多くの国宝級文物も含まれている。例をあげると、北京原人が石器・骨器・火を使用していた証拠、新石器時代の仰韶文化の陶鳧鼎、河南・安陽の殷墟の司母戊鼎、商代の羊銅尊などがある。同館は、中国の近代文物所蔵数が最も多い博物館でもある。

 2003年2月28日、中国国家博物館が正式に成立し、中国政府は拡張工事を認可した。2007年までに竣工し、15万平方メートルに拡張される。