【上海スクランブル】


消えゆく名店移りゆく老舗
         
                    須藤美華

来年移転する老舗「老周虎臣筆墨荘
 友誼商店、北京東路からまもなく撤退――。

 10月17日の『東方早報』を見て、寂しくてきゅんとなった。外灘の再開発に伴い、北京東路から撤退するというのだが、友誼商店を傘下におく百聯集団でも、そのまま閉店するのか移転して再スタートするのかを決めかねているという。上海を訪れる外国人観光客にとって、お土産と言えば友誼商店と言われたほどの有名な店が、である。

 記事によれば、友誼商店は1958年のオープン以来、世界各国の元首や政府首脳、国際的な著名人が訪れてきた。また、80年代には、地方から来た中国人にとって友誼商店は必ず行く店のひとつでもあった。それが今や店内は閑散とし、記者が北京東路で歩行者や商店主ら八人に、友誼商店の場所を訪ねても半分の人が答えられなかったという。新しいデパートが次々にオープンし、流通業界の競争が激しくなるなかで、いつしか友誼商店は人々から忘れられた存在になってしまっていた。

 それに対して、市西部にあるグループ企業の友誼商城は、急増する外国人居住者や高所得者層にターゲットをしぼった戦略に転換。ファッション・化粧品フロアのテナントには国内外の有名企業をそろえ、食品スーパーには日本、韓国、欧米の食品を所狭しと並べていて、店内は連日多くの客で賑わう。同じグループ企業ながら、くっきり明暗を分けてしまった。

文房四宝の老舗も来年立ち退き

店内に入ると巨大な筆が目に飛び込む

 立ち退きを迫られている店は友誼商店だけではない。文房四宝の老舗「老周虎臣筆墨荘」もまた、道路拡張のために来年には移転しなければならない。

虎が描かれた看板をくぐって店内に入ると、巨大な筆が目に飛び込んでくる。内蒙古産の馬の毛を使ったそれは、20キロを優に超える。価格は8000元、日本円でおよそ12万円。新中国が建国する前のものだというから、50年以上前の代物で、店を見守るかのように、入口正面の飾り棚に鎮座している。

 詩・書・絵を愛した中国の文人たち。その書斎で最も大切な文具は硯、筆、墨、紙で、文房四宝と呼ばれる。この老周虎臣筆墨荘は、上海随一の文房四宝の店として内外に聞こえる。

 清の康熙33年(1694年)、上海に隣接する蘇州に創業され、1866年に上海へ移転した。筆をオーダーメードする客も多く、中国だけでなく、日本の著名な書道家や所蔵家たちにも愛されてきた。

 年季の入ったショーケースには筆や硯が無造作に置かれているが、どれも見る人が見れば分かる逸品ばかりのようだ。見つめていれば、書の世界を知らない私にもその良さが分かってくるかとショーケースを覗き込んでいると、私の視線が移るのにあわせて店員さんが、筆の種類や特徴を教えてくれる。

 「その左の1400元くらいの筆はね、馬の毛ですよ。大きな字を書くのに、いいんですよ」

 硯もまた、文房四宝の王様と言われるだけあって、たいそう高価だ。硯は四宝の中で最も長く使われ、常にそばに置くものだけに、その形や姿にも美しさや大きさが求められる。


 中国の工芸品には、魚や蓮の花、蝶など、いわゆる縁起物といわれる模様が彫られたものが多いが、硯にもやはり美しい細工が施されたものがある。全体が竜の形をした硯は威風堂々としており、価格も4万元(約60万円)と周囲を圧する。広東省肇慶市郊外、斧柯山の麓を流れる渓流で採掘された希少な端渓硯で、石色や石紋が変化に富み、眺めているだけで溜息が漏れる。

龍の形の硯は日本円で約60万円

 「これで移転は二度目だよ。表の虎の看板も見納めになるかも知れないから、撮っておいたほうがいい」。移転先も決まっていない不安もあるだろうに、あれこれと店員さんが世話を焼いてくれる。

 一方の友誼商店で、新聞記事について尋ねてみた。撤退のニュースに意気消沈かと思えば、「移転は来年初めで、おそらく市中心部のホテル内に入ります。だから、安心してどんどん買い物してください」と陽気な笑顔が返ってきた。

 姿や場所は変えても、続いて欲しい店がある。少しぶっきらぼうで売る気があるのかしらんと思えば、「こんな物を買ってはだめだ」とお節介だが有難いアドバイスをしてくれたりする。中国の逸品を集めた店で、そんな店員さんたちにまた、上海のどこかで会いたい。