古都に花開くハイテク産業

                                    宋頴群 李耀武

スポットライト浴びる西安

 中国の古都、長安と言えば、知らない人はいないだろう。唐の詩人、杜甫は天才詩人の李白を称えてこう詠んだ。

 李白一斗 詩百篇
 長安市上 酒家に眠る

世界文化遺産の有名な西安兵馬俑(西安の『開発区導報

 長安――ここには13の王朝の都が置かれ、シルクロードの起点であり、今もあの楊貴妃が湯浴みした華清池がある。日本からは第九次遣唐使の一員として唐にやってきて、ついには唐の朝廷の官位に就いた阿倍仲麻呂の墓があるゆかりの地であり、中日文化交流の淵源をたどることもできる。

 古の長安は、いまは西安という。日本からここを訪れた人は多い。一度ならず数回訪れた人もいるだろう。秦の始皇帝の兵馬俑、法門寺、大雁塔、碑林などの文物や遺跡、あるいは華山、蓮湖、森林公園などの自然の景観を見た人も多いことだろう。多すぎるほどの貴重な文化遺産が人々を魅了する。

 しかしこの古い都がいま、別の意味でスポットライトを浴びていることを知る人は少ない。この数年、西安は、世の人々を驚かすほどの注目を集めている。それは西安の急速な経済発展であり、その中でもっとも代表的なのはハイテク産業の発展である。

 昨年、西安は、世界的に有名な不動産投資・管理会社である「ジョーンズ・ラング・ラサール」によって、全世界でもっとも潜在力のある24の新興都市の一つに選ばれた。2002年には国連工業開発機関が西安を「中国でもっとも活力を持つ都市と地区」の一つに認定した。中国科学院も西安を、中国の西部大開発の「竜頭」(牽引車)と見なしている。

 西安ハイテク産業区は5年前、国務院(政府)によって、APEC(アジア太平洋経済協力会議)の科学技術工業区のネットワークに加入することが承認された。このため西安のハイテク区はいま、国内はもとより海外からも大きな関心を集めている。

数千年の蓄積が発展の基礎に

富士通西安公司の事務所(『開発区導報』提供)

 西安ハイテク区は1991年に創設された。西安市政府は、世界的に行われているように、古い市街地を避けて、市の南部に一区画を造った。そして専門技術や管理に明るいシンクタンク型の指導部――ハイテク区管理委員会を組織し、西安に模範的な経済区を創建することを命じた。この経済区は経済のグローバル化の趨勢に軌道を接続した、創造力豊かなハイテク産業区であり、ハイテク区内の建設の計画や政策の決定、外資の導入および一切の関係するサービスは管理委員会が全権を握って責任を持つというものだ。

 それから12年間にわたる懸命の努力の結果、斬新で近代的な、日ごとに繁栄する産業区が、その姿を現し始めた。昨年、ハイテク区の開発面積は二十数平方キロに達した。その中には、ソフトゾーン、各高等教育機関や研究所のある創業ゾーン、帰国した留学生の創業ゾーン、管理委員会が創った科学技術サービスセンター(これはベンチャー企業を生み出す役割を担っている)などがある。現在、ここに入っている中外の企業は五千余社あり、電子情報産業、光学・機械・電気の一体化した産業、生物・医薬産業――の三大産業が主導的役割を果たすハイテク産業群が形成されている。

 優遇政策や良好な投資環境と生活環境が、ここに来て投資し、企業を興そうとする多くの外資を引きつけている。すでに米国、日本、ドイツ、英国、韓国、シンガポール、香港、台湾など約30の国や地域から五百以上の企業が来て、ハイテク区内で創業している。その中には、米国のハニーウェル、イートン、バックスター、ペプシコーラや日本のNEC、富士通、東芝、ダイキン、ブラザー、オランダのフィリップスなど世界のベスト500に入る企業やその他の有名企業が含まれている。

本誌の取材に応じる富士通西安公司の儘田会長兼社長(右から2人目)(『開発区導報』提供)

 西安に類似した「国家クラス」のハイテク産業区は、全中国に50以上ある。国の科学技術部門の統計によると、ハイテク技術が製品の中にどれだけ含まれているかという点ばかりでなく、創造能力の面や科学技術の研究成果を生産に転化する面においても西安ハイテク区は上位にその名を連ねている。

 西安は中国の西部地区にある都市で、沿海都市でも国境貿易都市でもない。地理的な優位性がないにもかかわらず、西安のハイテク技術がこのように頭抜けて突出しているのはなぜか。また、外資に対し、どうしてあれほど大きな吸引力を持つのだろうか。

 こうした疑問について、管理委員会の金乾生副主任はこういう。

 「まず、西安には、非常に厚い人材資源の層があることを挙げなければなりません。例えば、現在、西安市には各学科の国立の高等教育機関が37あり、大学生や修士課程の学生は25万人いて、毎年約5、6万人が卒業します。大学生が人口に占める比率は、西安が北京や上海、広州などの大都市を上回っています。しかも、西安のハイテク区内の高校からの大学入学率は100%です。これは、西安が数千年にわたり受け継ぎ、蓄積してきた文化の厚みと無関係ではないでしょう」

 さらに金副主任は、科学技術の研究開発能力の強さを挙げた。中国科学技術部の資料によると、西安の総合的な科学技術の実力は、北京、上海に次いで第3位である。西安には、国家クラスの科学研究機関が133あり、国家クラスの重点実験観測試験センターは75、大小の科学研究開発機構は2000余、専門の技術者は40万人を数える。中国で初のロケット推進機、初の衛星用コンピューター、初の民用航空機……など、多くの「初」が西安で誕生した。

西安ハイテク区にある民営科学技術企業の宏源公司を参観・視察する欧州の投資者たち(『開発区導報』提供)

 さらに、ハイテク区管理委員会の仕事ぶりも優れている。ハイテク区内の管理委員会の仕事はすべてが「服務」(サービス)という二文字に帰結する、つまり、管理委員会は全身全霊で、ハイテク区内の企業やそこで働く人々に「服務」するのだ。管理委員会は、外資の誘致政策を制定し、工場用地の許認可や環境の保護、治安など行政面での責任を負っているとはいえ、まったく官僚臭さはなく、市場メカニズムや科学技術の発展メカニズム、国際慣行を尊重し、ハイテク区内に安全で誠実な、すばやく、能率の高い商業的な雰囲気を作り出している。

 2001年に西安市民が投票で選んだ「20世紀の西安市の十大事件」の中で、西安ハイテク区の設立は多くの票を集めて入選した。昨年3月には、ハイテク区は第二次の創業計画を制定した。これによってハイテク区の将来は、さらに魅力的なものになっている。

期待される日系企業

 西安ハイテク区にある日系企業の一つ、「富士通(西安)系統工程有限公司」は、「富士通西安公司」と呼ばれ、ハイテク区北部のソフトゾーンBビル内にある。

 会長兼社長の儘田修さんは、富士通での勤続37年のベテランで、これまでに富士通のフィリピン、オーストラリアや中国の北京、上海で仕事をしてきた。2001年には西安で「富士通西安公司」をたち上げた。

 西安を選んだ理由について儘田社長は「第一に西安は労働力資源が厚く、大学が多く、コンピューターの人材が多いこと、第二に、労働力が『安くて質が良い』こと」という認識を示した。

 資料によると、西安では毎年、3000人のコンピューター学部の学生と千人以上の修士、博士課程の学生が卒業し、その数字は年々増加している。また、当地の新聞報道によると、西安の技術者の賃金は、上海の5分の2、深センの3分の1程度であるという。これは西安にとって有力な競争力の源となっている。

 儘田社長によると、現在の問題点は人手が極めて足りないことで、2005年には技術要員は2、300人に達すると見られている。そのときには、富士通西安公司はアジア太平洋地域における最重要のソフト応用開発センターの一つになるという。

 現在、富士通西安公司は依然、草創期にあり、さまざまな面で基礎をつくっているところだ。技術者は現在、60余人で、平均年齢は25歳。活力に富み、何人かは日本での研修を終えている。中国人の部下に対する社長の期待は大きい。

 「将来、企業を現地化するつもりはあるかどうか」について尋ねると、「ハイテク区内の民営企業や大学が作った企業と資本提携したり、協力したりすることはまだ考えていません。しかし、今年は日程にのぼってくるでしょう。これは趨勢ですから」と儘田社長は答えた。

西安ハイテク区にある高新病院は、先進的な医療機器を備えている(同病院提供)

 ハイテク区が提供している職場環境についても、儘田社長は満足しているという。「安全であり、サービスは周到で、なにかあれば責任者と協議すればなんでも解決できる」という。

 儘田社長は気管支炎でハイテク区の病院に入院したことがあるが、病院のサービスや環境も良く、医療技術や設備は一流だったという。これは当地の私営企業経営者が巨費を投じて設立したものだ。

 富士通西安公司よりもっと早く、十年前に西安ハイテク区に進出したのは中日合弁の「兄弟標準工業有限公司」(ブラザー)である。この企業も、西安で評判が高く、経済効果のもっとも良い合弁企業の一つである。佐野保社長によると、日本のブラザーが世界各地に発展し、成功した事例の一つだという。その製品は、70%が中国国内で販売されており、高速工業ミシンの大部分は輸出され、利益回収率は高くて、同業者がうらやむほどだという。

 佐野社長は4代目の社長で、西安での生活も四年以上になる。「多くの日本国民と同様に、私も中国に来る前には、中国をあまり良く知りませんでした。慣れない環境で、人と接するのが難しいと、内心、不安でした。しかし、来てみると、実際は違っていました。人々とは接しやすく、共通するところがあり、いっしょに仲良く暮らすことができます。西安の発展は速く、生活環境や気候は日本にいるのと大差ないと感じます」と言った。

 佐野社長のかわいがっている娘さんは西安に留学中で、中国語を学んでいる。父と娘が同じ街に住み、お互いに助け合うというのは、本当にすばらしいことだ。

西安ハイテク区には、ゴルフ場などのレジャー施設が整っている(『開発区導報』提供)

 西安の多くの大学や高校には、日本語の専門課程がある。ハイテク区には国際学校が一校あり、招聘された母国語の先生が教鞭を取り、外国人の評判はすこぶる良い。

 現在、ハイテク区内の日系企業は四十数社あり、西安に常駐している社員は百人以上いる。これに留学生やハイテク区以外の大小の日系企業で働く人々を加えれば、4、500人になり、この日本人が一つの小さな社会を形成している。彼らは西安日本人会をつくり、絶えず集まって文化・スポーツ活動を行っている。4月には観桜会を催し、ときには中国の友人を招待する。またインターネットのホームページを開設し、情報を交換している。

 ハイテク区の管理委員会は、「日本産業ゾーン」を建設する意向があるようだ。これは、日本の設計士が筆頭に名を連ね、少なくとも5平方キロの敷地にオフィスビル、学校、病院、ショッピングセンター、レジャー施設、庭園や公園などを完全に日本風に造るという計画だ。

 この計画が実現する日が待たれる。