【上海スクランブル】

花のある暮らしを届ける
                                    須藤みか
                 


シエシエ、ニーハオしか知らないけれど

オープンして1年あまりの「上海花彩店」

 クリスマスから、元旦そして春節までの間は、一年でいちばん花が売れる時期。上海市内に50カ所はあると言われる花卉市場も、自宅を花で飾ろうという多くの上海っ子たちで賑わい、この時期の売り上げは、通常の二倍にもなる。そんな花卉市場のひとつ、「上海新穎花卉市場」に日本人の、それも男性フローリストがいると聞いて、出かけてみた。

 紅葉高弘さん(26歳)が、その人。まるでフローリストになるべくして生まれてきたような名前だと思って聞いてみれば、実家は北海道恵庭市で花栽培をしているという。なるほど、花に囲まれて育った人はやはり花一筋なわけか――。と思ったら、自動車の販売や衣料業界を経て、花の世界へ入った。


 「短大を卒業してから、転々としながら、結局花の世界にたどりつきました(笑)。車にしても洋服にしても一通りやってみると、売っていけば終わりでしょ。それでは僕としてはつまらない。それが、花の世界に入ってみれば、新しい発見が常にあるんです」

「上海でなければできない仕事がある」と紅葉高弘さん

 花屋になりたいと思って、飛び込んだのは札幌の有名な花卉店。しかし、その先に待っていたのは思いもかけない話だった。以前に洋服修理店を任され経営していた経験を買われ、どうせ花屋をやるのなら上海に行ってみないか、と声がかかる。

 「もともと海外で働いてみたいという気持ちもありましたし、いま、上り調子の上海という街にも興味があって」、紅葉さんは即決する。

  日本で三カ月、台湾で二カ月、それぞれ著名なフラワーデザイナーのもとでの修行を経て、出資者である札幌の生花卸企業から手渡された準備金だけを持って上海に乗り込んできた。それが、2002年の4月。

 生花卸企業が出資する上海と昆明の合弁の花卉農場からの供給ルートはあるが、経営の形態も決まっていない。シエシエとニーハオしか知らない状態だったが、すったもんだを切り抜けて、03年1月、今の店「上海花彩店」のオープンにこぎつけた。

花の「元気」を上海の家庭に

 店を開いて驚いたのは、花を買うのではなく見るだけで帰っていく客も少なくないこと。

 「ある時、スタッフに聞いてみたんです、どうしてかって。『5元の生花はすぐに死んでしまう。だったら、5元のメシを食べたほうがいい。だから、花は花屋で見て気持ちが安らげばいい』っていう考え方なんだって言うんですよ。でもね、この状況、変わりますよ。あと2、3年で上海の家庭に花が入っていくと思っています」

 彼がそう確信するのは、この1年で花卉の物流システムも、農場や卸市場で働く人たちの意識も確実に向上しているからだ。

紅葉さんの作品(紅葉高弘さん提供)

 また、新築の家を造花ではあるが、花で飾りたいと紅葉さんを訪ねてくる客も多いのだという。彼のフラワーデザインが好評な証拠に、クチコミで次々にオーダーが入り、わずか一年の間にその数は二十数軒を超えた。なかには花のデザインだけでなく、花を中心に考えた新居の内装、家具などトータルなインテリアコーディネートを任されたこともある。

 「新装開店のバーやレストラン、またホテルなどのフラワーデザインの注文もありますが、それは日本でもあること。でも、個人の家庭からのオーダーというと、上海でなければ間違いなくできない仕事ですからね」

 自論は「花は安らぎではなく、元気を与えてくれるもの」。その元気を上海っ子たちに届けるのが楽しくて仕方ないようだ。

 上海市花卉協会のデータによれば、2002年の上海の切り花の販売量は4億5000万本。一人当たりの消費量は全国一位だ。花のある暮らしはもう目の前に来ている。

 「3月には新しい店もオープンさせます。早いってことはないですよ。だって、のろのろしていたら、このすごいスピードで動いている中国に置いて行かれますから(笑)」