WTO加盟後は「狼とダンス」を
                ジェトロ北京センター所長 江原 規由
    
 
   
 
江原規由
1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。

 
 2001年12月11日、中国は足掛け15年に及ぶ念願であったWTO加盟を果たしました。改革開放路線で急成長した中国にとって、WTO加盟は、中国の最優先課題である持続的かつ高度経済成長を遂げていくためにどうしても必要でした。

 しかし当時、産業界にはWTO加盟に賛否両論がありました。そのころマスコミによく登場したのが、「狼来了」(狼がやってくる)という言葉です。この言葉は、WTO加盟によって関税が引下げられることなどから、外国製品が大量に国内に流入し、大きな打撃を受けると懸念した自動車業界や農業分野などの心理を代表していました。

 それから2年余の歳月が過ぎました。狼はやってきましたが、今のところ、赤頭巾ちゃんを食べたような悪い狼ではなかったようです。

 当時、百以上あった自動車業界は、外資との提携が急ピッチで展開するなど再編が進んでいます。メーカーにとっては、価格引下げ競争で薄利多売ではあるものの、マイカーブームの第一陣が到来したといってよい状況です。もちろん、マイカーのほとんどは輸入車ではなく合弁国産車で、中には発注後、車が届くまで八カ月も待たなくてはならない売れ行きのものもあるほどです。

 農業も、加盟2年目の2003年には、輸入こそ前年比で50%増となったものの、輸出が200億ドルと、歴史的水準となっております。

 結果的には、GDP(国内総生産)は2年続けて8%台の高水準を維持し、人民の所得水準もいくぶん向上しました。中国産業界では、「狼来了」という警戒感から「与狼共舞」 (Dance with wolves 狼とダンスしよう)(注1)という、WTO加盟を積極的に受けて立とうとする姿勢が目立ってきているのも事実です。

進む対外開放と企業再編

 今年は、中国企業にとってWTO加盟後、最大の試練の年といわれております。なぜでしょうか。WTO加盟時、中国は加盟国に市場開放スケジュールを提示していますが、3年目の今年、市場開放が加盟後最大となるからです。

 例えば貿易分野。貿易権が外資系企業に100%開放されるほか、関税率の引下げ〔平均関税水準は2年度の11・5%から10・6%にする(注2)〕、輸入割当商品や輸入許可証の取消し、関税割当商品の割当額の調整などが実施されます。

 またサービス分野(金融・保険業、物流・小売業、電信業、運輸業、観光など)でも、外資系企業に対する出資比率制限や業務地域制限が緩和・取り消されるなど、営業分野が拡大されます(注3)。

 いわば、入社3年目の社会人(中国企業)が、経験豊かな先輩(外資系企業)とハンディキャップを急に減らされて営業成績を競うようなものです。目下、中国政府が国有企業のM&Aや株式化などを通じて大胆な企業再編を図ったり、民営企業の育成に熱心であったり、また中国企業と外資系企業との業務提携を積極化したりしているのは、対外開放の進展で競争激化が予想される中国市場でのビジネス戦線を睨んでのことです。

 WTO加盟で、外資系企業の対中進出分野がさらに拡大し、かつ貿易(特に輸入)が増えることは間違いないでしょう。

 加盟後2年間(2002年と2003年)の対外貿易と直接投資(実行額ベース)をみてみましょう。

 まず対外貿易。過去二年間で前年比それぞれ21・8%増、37・1%増と急増、2003年は80年以来の最高水準(8512億ドル)(注4)となりました。速報ベースでは、昨年の中国の対外貿易総額は、日本のそれを僅差で上回って、米国、ドイツに次ぎ世界第3位に躍進しました。

 また直接投資は2003年がSARSの影響などもあり、前年比1・4%増と微増でしたが(注5)、2002年は同12・5%増の高水準でした。中国は2002年に実質世界一の投資受入国となり、昨年は米国に続き世界第2位でした。

 外資系企業の導入で中国の持続的高度経済成長を支えようとする中国政府にとって、WTO加盟は意図した効果をあげているといえるでしょう。今年が試練の年ではあっても、むしろWTO加盟による中国経済へのプラス面がクローズアップされるのではないかと思います。なぜなら、中国経済の国際化が進展することになるからです。

世界市場を求めて

 WTO加盟で中国市場が対外開放される一方で、世界市場もこれまで以上に中国に開放されました。このことは、中国製品が世界市場で今よりも目に付くようになるということです。ただ、中国製品は反ダンピング措置(注6)やセーフガード措置を世界で最も多く受けているなど、国際市場でやや苦戦を強いられているのも事実です。こうした措置は今後も大きく減ることはないでしょう。

 しかし、今や中国の輸出額の過半が中国に進出した外資に依っているわけですから、中国製品に対するダンピング措置は、実は課す側にもダメージが出るということになります。中国も外国製品に同じ措置を講じておりますが、受けるほうが圧倒的に多い状況です。

 そうした中、中国パソコンメーカー最大手の聯想がブランド名を「legend」から「lenovo」にしたように、自社ブランドの英文名を世界市場受けする名称に変えるなど、中国企業の多くが、自社製品のグローバル化を少しでも推進すべく努力しています。

 WTO加盟で何が起きるかというと、中国企業の海外進出が積極化するということに注目する必要があると思います。2003年、中国が海外に設立した企業は450社余りで、対外投資総額(契約ベース)の40%がM&A方式に依っております。中国企業の対外投資は、直接投資による工場経営や会社設立からM&Aや資本参加、株式交換などと多様化しつつあるといえます。WTO加盟で、中国は外資に国内市場を開放する一方、中国に開放された世界市場に、中国製品に加え中国企業も参入しつつあるということです。

 WTO加盟により、中国が国内市場を段階的に対外開放し、世界最多の外資を受け入れ、かつ中国企業(あるいは対中進出した外資と連携した形態)の海外進出を積極化していくということは、米国が海外から製品を輸入し、外資を取りこみ、かつ米国企業の対外進出を積極化することで世界経済に貢献した過程に似たものがあるのではないでしょうか。

 今や、中国はWTO加盟で、世界経済を牽引する役割をますます引き受けるようになったということです。(2004年4月号)

【注1】 かつて、ケビン・コスナーが主演し、大ヒット作となった米国映画の題名と同じで、主役の騎兵隊員がインディアンと共生していくストーリーをもじっているのではと、その命名振りには実に感心してしまいます。

【注2】 2004年1月1日より、2414品目の関税引き下げを実施したことから、現行の平均関税水準は10.4%となっています。また、注目を集める自動車の関税率は、3,000cc超が43.0%から37.6%へ、3,000cc以下が38.2%から34.2%へと、WTO加盟議定書による譲許関税率どおりに引下げられました。

【注3】 例えば、人民元業務や生命保険業務が可能となる地域(都市)が拡大されています。

【注4】 輸出は前年比34.6%増の4384億ドル、輸入は同39.9増の4128億ドル。

【注5】 但し、2003年は件数(契約ベース)で前年比20.2%増の4万1081件、実行額(実際に投資された額)の先行指標となる契約ベースでは同39.0%増の1151億ドルと大きな伸びを示しています。

【注6】 鉄鋼、ライター、自動車ガラスなどで、2001年は30件、2002年36件、2003年1〜9月34件と増加傾向にあります。ただ、こうした案件の中には、WTOのパネルで勝訴しているケースが多いのも事実です。因みに、2003年10月末時点で、中国製品に提訴された反ダンピング案件は550件、同特殊セーフガード案件9件、サーフガード案件19件となっています。