(その3) ブームの背景を読み解く

 

 

 パフォーマンス・アートやインスタレーション・アートおよび映像科学技術が絶えず発展するのにともなって、壁に掛ける絵画である油絵もかつてない衝撃を受け、西洋の一部の国では「油絵消滅論」さえ出ている。

 しかし西洋から輸入された中国の油絵は、この衝撃の大波を受けても空前の繁栄を謳歌している。その理由はどこにあるのか。中国の油絵は西洋の油絵とどこが違うのか。

 「鋭いが冷静な批評家」として知られる中央美術学院美術史学部主任の尹吉男教授に、中国の油絵の現状と背景、さらに将来について聞いた。

 ――第3回中国油絵展の作品を見て、中国の油絵の全体状況をどのように見ましたか。
 尹吉男 全体的に見て中国の油絵は、題材も技法もかなり成熟してきたと思います。題材について言えば、中国の油絵は、現代の政治や経済、文化、心の内面の感情など、社会生活のさまざまな面を含んでおり、完全に多元化の傾向を示しています。

 同時に画家たちが油絵を創作する際に使う各種の技法のほとんどすべてが使われていると見ています。しかもみな素晴らしい出来でした。この2点から、中国の油絵は成熟したということができます。

 ――西洋では、油絵を描く人がますます少なくなっているのに、中国では逆に増える傾向にあります。その原因はいったいどこにあるのでしょうか。

  まず教育の問題です。中国美術の大学や学校の科目は昔から、かなり明確に、国画、油絵、版画、彫塑などの専門コースに分けられています。ここから毎年、その分野の専門的人材が絶えず養成されてきます。油絵もその一つなのです。

 同時に、中国の油絵は、市場における比重が絶えず増大し、ますます多くの人たちが油絵を職業として選択し始めました。このため油絵は、各大学で比較的人気のある専門コースとなったのです。これがその数年来、油絵創作者が猛烈な勢いで増えた重要な要素です。

『蝉鳴』 王沂東 150cm×100cm

 このほか、国家や正規の機関が油絵に対し、奨励する態度を示していることもあるかも知れません。中国美術館が展示する作品には、多くの制限があります。例えばパフォーマンス・アートやインスタレーション・アートなどはみな、中国美術館で展示することはできません。中国最高の芸術の殿堂に入ることができるのは、壁に掛けられる絵だけです。そのため油絵と国画が二つのもっとも重要なものとなっているのです。

 ――中国の油絵は、西洋から輸入され、百年以上、これを鑑として発展してきましたが、その特色はーー

  リアリズムこそ中国の油絵のもっとも重要な特色です。中国の社会の改革や時代の変遷はみな、画家たちの作品の中に表されています。

 ――それなら中国の油絵と西洋の油絵の違いは主にどこにあるのですか。

  主な違いは題材です。西洋のものには、中国の油絵が題材としているものを探し当てることはできません。西洋の油絵の歴史においてもっとも重要な題材はキリスト教であり、多くの作品が聖書の物語に関する題材を選んでいます。これは西洋の文化や文学史観と密接な関係があります。

 しかし中国にはそうしたものはまったくありません。中国の油絵は、現実の生活に密着したもので、その多くは、人体、静物、風景、人々の日常生活です。たとえ抽象的なものでも、中国独特の方式が採用されます。これは中国の文化的伝統からきたものでしょう。

 技法の面では、一部の作品は明らかに国画の痕跡があります。ある画家の作品の中には、年画(正月に室内に貼る絵)の味わいがあるものもあります。
 

――老大家の画家と比べて、現在の若い画家の創作上のもっとも大きな特徴は何ですか。

『近日景観』 石冲 210cm×170cm

  重要なことは、個人の生活を主としていることでしょう。劉小東の絵のように、現実感覚が非常に強く、現代生活と密接に関係し、かつまたすべて、自分の生い立ちと関係があるのが特徴です。若い画家が選ぶ視角や触れる事物は、自分の生活の範囲内にあり、みな自分と関係があるものなのです。楊飛雲らのような老大家の作品が表現しているものは、完全にその個人が見たものです。個人の生活を描くのではなく、時代感覚もあまり強くない。まるでアトリエの中にいるような感じなのです。

 これは、この二つの世代の生活に対する考え方の違いからきたものでしょう。1950年代に生まれた人は、歴史は大切なものであり、他人の生活は自分の生活より重要だ、と考えています。だから工場や農村に行って絵を描きました。劉小東たちの世代は、自分に関係のあるものばかりを描き、自分の生活こそが生活だと考えています。ある者は、紆余曲折した経歴がまったくありません。彼らにあるものは、瞬間的、現実的、具体的な感覚と受け止め方だけなのです。

 ――近年、中国の油絵市場は急速に発展してきましたが、その主な原因は何でしょうか。

  これは、改革・開放や経済の発展と直接的な関係があります。80年代、中国の改革は、中国国内のことでした。しかし90年代には国際的なものになり、世界との間にきわめて強い相関関係を持つようになりました。特に世界貿易機関(WTO)に中国が加盟した後は、世界のすべての変動が、中国に影響を及ぼすことになりました。

油絵展には若者群像を描いた作品も数多く出品された

 こうした前提の下で、西洋の思想と生活様式が中国に入ってきて、一部の人は、それを自分の理想とするようになりました。彼らは、マイホームや自家用車を持ち、学歴が高いことが、教養や地位のある豊かな人のメルクマールだと見なしています。良い文化とは、好きな芝居や映画を見、良いコレクションを持つことです。こうした考え方から、ますます多くの金持ちが、コレクションの行列に加わりました。

 同時に、投資目的の人たちもかなり多くいます。こうした人たちは、本当の意味でのコレクターではありません。しかし、いずれにせよ彼らが、客観的に見て、中国の油絵市場の発展を大いに刺激したのです。

 ――中国の油絵の将来はどうでしょうか。現在のブームはずっと続くのでしょうか。

  芸術関係の大学や学校が募集定員を拡大するにつれて、油絵の創作に従事する人はたちまち飽和状態になり、失業率はかなり高くなるでしょう。だから今の油絵ブームは早晩過ぎ去り、油絵はだんだんに、作品の数は少ないがどれも優れている「少数精鋭」に向かうことでしょう。(2004年4月号)

尹吉男氏の略歴
 1958年生まれ。中央美術学院教授。芸術史の学者であり評論家でもある。中国古代書画の鑑定専門家。英国、韓国などで開かれた国際学術シンポジウムに参加。米国のコーネル大学、ハーバード大学、ニューヨーク大学に招かれ、中国現代芸術と女性史について講演。主な著作に『独自叩門』『後娘主義』がある。