映画 『我的美麗郷愁』(私の美しい郷愁) 

 

 異郷の地で出稼ぎをする人たちと、その心の移り変わりを描いた映画だ。細妹(劉隸)は、地方から広州へ出稼ぎにやってきた。土地も人もなじみが薄く、仕事を探そうにも広東語がわからない。コンピューターも扱えず、くじけそうになったが、やがてあるレストランでウエートレスになった。

 子供服のデザイナー・雪児(徐静蕾)は、香港の広告プロデューサー・ジャック(陳暁東)と広告共同制作のパーティーで知りあった。ジャックは故意に雪児を水の中に突き落としたが、雪児が泳げないことは誰も知らなかった。ジャックは人工呼吸で雪児を覚醒させた。うそかまことかわからない、口づけを続けたのだ……。

 さまざまな努力を経て、雪児とジャックは共同経営による「雪児音装(CD)会社」をオープンさせた。2人にもある感情が芽生えはじめた。その後、細妹も雪児の会社に加わった。その年もまた除夜がやってきて、ジャックと雪児、雪児の母、細妹がみなレストランに集まった。レストランの以前の友人たちも、ともに新年を迎える除夜の鐘を聞いたのである……。

 監督の兪鍾は、中央戯劇学院演劇学部を卒業後、北京電影学院監督学部の院生になった。この映画は、『我的兄弟姐妹』(私の兄弟姉妹)に続く、兪鍾の新作である。兪鍾は「情で人を感動させる」のが得意で、この映画は出稼ぎ労働者たちの郷愁をそそるように作られた。

 オリンピックの体操で金メダルを取った劉隸が初めて映画に出演し、ヒロインを演じている。主演男優は香港のアイドル・陳暁東だ。徐静蕾にとっては『我愛ト縺xに続いてそのイメージを一新させた最新作で、未婚の母を演じている。彼女はこの作品で、中国第23回金鶏映画祭の最優秀助演女優賞を受賞している。(監督・兪鍾 出演・徐静蕾、劉隸 陳暁東) 

映画 『馬大帥』

 

 喜劇スター・趙本山がプロデュース兼主演した第2作、農民がテーマの連続テレビドラマ『馬大帥』(全27回)が先ごろ中国教育テレビ(CETV)で放送されて、大好評を博した。物語は、ある農民が農村から都会に出たのち、最下層の生活を送るというもの。

 主人公の馬大帥(趙本山)は、結婚を避けて都会へ逃げた娘を探す途中で、サイフをすられた。そこから彼の目まぐるしい都市生活が繰り広げられる……。目の不自由な人を装って、芸で身を立てようとしたが、処罰される。ニセ札を作る集団にかかわり、捕まってしまう。知り合いに入院費をあげようと、ボクシングの殴られ役になる。義弟の債務を果たすため、70歳の老人の看護をする。莫大な遺産が転がり込んだが、娘が誘拐されてしまう……。一連のコメディタッチの物語に趙本山のすぐれた演技が加わり、人々を笑いの渦に巻き込むのである。

 表現方法からすると、シナリオはハリウッドのコメディ様式を取り入れている。食い違いの場景に、一つひとつ食い違いの物語をはさんでいる。「馬大帥」「范徳彪」「鋼子」などの際立つ人物像が、こうした食い違いのうちに展開される物語なのだ。

 「馬大帥」は情があつく、まじめなのだが、畏縮するところもあるという低層社会の典型的な小人物だ。ドラマは小人物の角度から社会的矛盾をとらえようとするもので、小人物が困難に遭い、それを解決していく過程を描く。出稼ぎ労働者に対する思いやりにあふれ、都市化における数多くの矛盾や衝突の真実を記録している。じつに現実的なのだ。それはチャールズ・チャップリンの流れ者のイメージを彷彿とさせる。

 趙本山は、根っからの農民芸術家であり、農村の生活や社会問題について熟知している。そのため彼にとっては、農村がテーマのドラマ作りは、簡単なことである。彼の作品は真実であり、生き生きとしていて、ユーモアがあり、濃厚な地方色を帯びている。そしてまた、本当の社会現象を反映しているのである。(プロデューサー・趙本山 出演・趙本山、范偉、趙剛、王雅捷)

『黄永玉大画水滸』 黄永玉・著

 

 『水滸伝』は、中国の四大古典小説の一つだ(ほかに、『三国演義』『紅楼夢』『西遊記』がある)。それは、宋の時代に山東省の湖・梁山泊の水辺に集まった宋江ら108人の豪傑が、朝廷の圧迫に抗して、蜂起する物語である。そこに描かれた登場人物の性格はハッキリしており、それぞれ異なるイメージも内外の読者によく知られている。

 中国がほこる中国画の大家・黄永玉氏は、漫画(イラスト)の手法を用いて、『水滸伝』の人物を新しく描きだした。それがこの『水滸伝大画』だ。

 中国画の大家として、彼の目にうつる『水滸伝』の人物には、おのずと独特なところが現れている。中国画の筆づかいに漫画的な手法を加え、人物のイメージにあふれる興趣を与えたのだ。本書には合わせて142人の人物が描かれており、『水滸伝』の登場人物のほとんどがそこに含まれている。このほか、それぞれの人物画には注釈やユーモアが添えられており、作者の登場人物への思いや、日常生活の感慨をうかがうことができる。(作家出版社)

『新素食主義』 野萍・著

 

 現在、「素食」(菜食)の傾向は世界的に広まっており、ますます盛んになっている。本書は、そんな「素食主義」を提唱しようとする一冊だ。

 作者はまず、人類がもっとも早くは草食動物から進化したものだ、という考えを論証している。また素食を肉食と比べて、その多くの長所をあげている。たとえば、肉類にはタンパク質、脂肪などの栄養素が含まれるが、野菜や果物からもそれらの栄養素を採ることができる。比較すると、素食は人々の健康をより促進し、精神を浄化させる働きがあるという。

 このほか、多種の野菜や果物に含まれる栄養素や、その効果的な食べ合わせについても記録。ダイエット中であったり、美を追求したりする人は、本書の中に自分に適したメニューを探すことができるだろう。

 狂牛病や鳥インフルエンザなど、恐ろしいウイルスが次々と人類を攻撃している現在、素食主義は人類にとって特別な意義がある。本書の価値も、あるいはそこにあるのかもしれない。(中国軽工業出版社)

閻連科・著 『受活』

 

 2004年、中国の著名な作家・閻連科の小説『受活』が、中国の文壇に大きな反響を巻き起こしている。

 小説は、「受活荘」と呼ばれるある虚構の村が舞台。あまり知られていない村落で、そこでは村人の多くが身体障害者であり、健常者が少数派である。主人公の柳県長は、重金でレーニンの遺体を買って、観光業を発展させるという奇想天外な計画を打ちだした。そうした中で、受活荘は柳県長に驚くような発見をもたらした。この身体障害者で構成される村が、外の世界に向かって歩きはじめた。村人たちは柳県長の引率のもと、「絶技団」(絶技を披露する芸術団)を組織して、各地を旅したのであった。

 本書は目下、中国の「魔幻現実主義」の文学作品だと称されている。小説の全編に流れる苦難の意識は、現在の中国文学作品にはあまり見られないものだ。「受活」は北方の方言で「享楽」「享受」を表し、ここでは暗に「苦しい中にあっても、楽しみを求める」という意味がある。(春風文芸出版社)