友達と一緒にバービー人形で遊ぶ楊曼殊ちゃん(左端)

 楊曼殊ちゃんは、北京白雲路小学校の3年生。父親は郵便局員、母親は不動産管理会社の部門責任者をしている。

 両親はそれぞれ出張や残業が多く、娘と一緒に過ごす時間は短いが、曼殊ちゃんが友達を連れてくることもあまりない。宿題が多いだけでなく、いまどきの小学生は何かと忙しいからだ。彼女は、ピアノを毎日一時間練習している。

 住んでいるのは、よくあるアパートの2DK。二つある小さめの部屋は、両親が一つ、曼殊ちゃんが一つを使っている。曼殊ちゃんの部屋は、アップライト・ピアノが黒いことを除いては、ピンクと淡い黄色に統一されている。9歳の女の子のそばを一時も離れない友達は、お人形である。ベッドに寝かせているクマのぬいぐるみ、壁に貼っている『花の子ルンルン』のポスター、かわいらしいスカートをはいたバービー人形などが、楽しい時間を演出する。

 曼殊ちゃんの母親・張洋さんは言う。「一人っ子だもの。お人形が友達。これでも数は減ったほうなのよ。もっと小さい頃の玩具はほとんどを人にあげたから。記念として少しは保存しておくけど、頭が痛いのは、遊ばなくなったたくさんの玩具をどう処分するかってことね」

変わる玩具、変わらぬ笑顔

ウルトラマン・グッズは子どもたちに大人気

 たくさんの玩具に囲まれた子どもに、ほとんどの親が、「いまの子どもは幸せ。自分が子どもの頃には、これほど多くの玩具はなかった」と感嘆する。そのとおりだろう。

 60年代より前には、中国の玩具はほとんどが民間から生まれていた。材料がお粗末で、作りも雑だったとしても、魅力的なものが多かった。

 例えば、「中国ゴマ」は男の子のお気に入りだった。木を円錐形に削り、周りに色とりどりのしま模様をつけ、先には鉄の球を埋め込んだ。子どもは手にむちのようなものを持ち、コマを叩きながら回す。そうすることで、回転中に色彩を楽しめた。

学校が主催したミニ四駆大会

 男の子の玩具には、「鉄輪転がし」もあった。大きな鉄輪に三つの小さな鉄輪を引っ掛け、手に持った鉄の棒で押し、乾いた摩擦音を楽しみながら、輪が倒れずに長く転がった方が勝ちというゲームだった。

1960〜70年代には、女の子の間で「「チョア羊拐」」がはやった

 女の子が好んだのは、「ゴム跳び」「チョアイ包」(中に豆を入れて布で作ったお手玉を投げる遊び)、「チョア羊拐」(染めた羊の趾骨とお手玉を投げたりつかんだりする遊び)など。これらの遊びは、女の子の器用さを発揮できた。

 60年代になると、軽工業の発展が玩具産業を後押しし、ネジで動く動物の玩具や西洋人形、笛を埋め込んだプラスチックの動物型人形、空気でふくらませるビニール製玩具、万華鏡、積み木などが登場した。ただ当時はまだ、民間玩具や手製玩具に取って代わるほどの影響力はなく、広まらなかった。

 70年代には、「文化大革命」の影響で、玩具産業の発展が遅れることになる。玩具屋の店先に加わったのは、軍人将棋(敵方の軍旗を奪う将棋)、ダイヤモンド・ゲーム、トランプ、木製銃程度だった。

知能を育てるゲームは、親が子どもに買い与えたい玩具の一つ

 一方で、民間玩具には変化があり、子どもたちの間で、メンコ遊びがはやった。ただ、日本のメンコとは違い、タバコの包みを開いてから、三角形や長方形に折り込んだものを用いた。遊び方は地域によって異なったが、「手のひらで周りの地面を叩き、メンコがひっくり返った場合に自分のものになる」などのルールがあった。

 当時は、タバコの供給制限があったため、フィルター付きのタバコはほとんど出回っていなかった。そのため、フィルター付きタバコの包みは人気の的だった。ゲームでその包みのメンコを勝ち取ることこそ、多くの男の子の目標だったのである。

 80年代以降、中国は改革・開放により生産力を大幅に伸ばしただけでなく、世界に門戸を開いた。それにより、玩具にも中国人の生活と同様、大きな変化が起きる。電動玩具だけでなく、鉄腕アトム、花の子ルンルンのグッズ、変身可能な超合金玩具、テレビゲームなども、テレビとともに子どもの生活に入り込んできた。

 90年代以降には、電動玩具がリモコン付きになり、新しくコンピューターゲームも子どもの心をつかんだ。同時に、ますます多くの外国玩具が入ってくる。バービー人形、スヌーピー、ドナルドダック、ミッキーマウス、くまのプーさんなどで、子どもの大切な友達になった。

玩具への高まる期待

ショッピングセンターや公共施設には、子ども向けスペースが設置されている

 玩具が好きなのが子どもの天性であることは、どんな時代でも変わりはない。ただ、大人の玩具への思いは、環境や経済状況によって変わる。1950〜60年代には一般的に、玩具は子どもをあやす道具だと考えられ、自分で作り、商店で購入するものではなかった。

 55歳の張敬さんは、12歳の誕生日に、両親がスカートをはいた人形を買ってくれた時の喜びを覚えている。友達は誰も同じような人形を持っていなかったため、世界で一番幸せな子どもだと思ったほどだったという。しかも、それは買ってもらった初めての玩具だった。

 9歳の楊曼殊ちゃんの一番のお気に入りはバービー人形である。自分の誕生日や祝祭日には、母親におねだりして新しい人形を手に入れるため、部屋の棚には、大小様々な人形が並んでいる。

ショーウインドウに並ぶ輸入物の人形。子どもだけでなく、大人も興味深く眺める

 曼殊ちゃんの母親は、いまでは人形だけでは満足しなくなったという。人形に着せるスカートや靴、アクセサリーだけでなく、ベッドや化粧台、家具などもそろえなければならない。十数体のバービー人形と関連グッズを合わせると、すでに5000元以上も支出している計算だ。

 いまの都市家庭では、ほとんどの家庭が一人っ子で、子どもが望むままに玩具を買い与えてしまう親は多い。

 このような現象は、経済力が強くなったこととともに、発想の転換も影響している。子の親は誰でも、子どもに賢く育ってほしいと願い、早期教育や知能開発という考えが広まりつつある。

 また、「遊びの中で知識を教える」という考えも、親が玩具に期待を寄せる原因になっている。そのため、啓発性の高い知能開発玩具や早期教育玩具のコーナーが人気で、ジグソーパズル、飛行機や自動車のプラモデルのように、子どもの発育に良いと思われる玩具には、大人は惜しむことなくお金を使う。しかし、ややもすれば数百元から千元以上もする玩具は、すべての家庭が簡単に手に入れられるものではない。

玩具のレンタルも増えてきた

 子どもの移り気な習性をかんがみ、最近では大都市に、玩具レンタル会社が誕生した。大きくて値段も高いバッテリーカーや滑り台、ブランコ、大型組立てブロックなどを貸し出し、修理や消毒サービスも請け負う。多くの中程度の収入層で、部屋が広くはない家庭では、レンタルがお手ごろな選択肢である。

 巨大市場の需要が、玩具産業の発展を推進する。北京で人気の新聞『北京青年報』によると、中国には現在、玩具メーカーが8000社以上登記され、世界の70%の玩具がメイド・イン・チャイナ。昨年の中国玩具の輸出額は112億ドルに迫った。

 しかし同時に、軽視できない現実もある。いまの子ども向け玩具市場では、中国の伝統玩具と中国人が独自にデザインした人気玩具は、スズメの涙ほどである。子どもに受け入れられているのは、大部分が外国のアニメーションの主人公や外国の自動車、飛行機模型である。それについて、曼殊ちゃんの母親は、「孫悟空のような玩具には、とっくに目を向けなくなった」とあきらめの表情を見せた。

大人向けの玩具も登場

北京の「頭大原創玩具房」は、大人に奇抜な知能を刺激する玩具を提供

 中国人は長い間、「玩具は子どものもの」と考えてきた。しかしいまでは、大型商店の玩具コーナーに、時々大人向け玩具も見かけるようになった。高収入層であるホワイトカラーが集まる地域には、大人向け玩具の専門店まである。

 北京の国際貿易センター(国貿)内にある「頭大原創玩具房」に掲げられている言葉は、「七〜百歳向けの知能開発玩具」。同店のマネージャー補佐の賈艶華さんは、こう話す。「店内の大人向けの玩具は、ほとんどが手と頭の両方を使うもので、将棋やジグソーパズル、ゲームなどがある。中国古来の孔明鎖や七巧板、九連環(知恵の輪)のような玩具だけでなく、スゴロクのような外国玩具もある。購入者の年齢は幅広い」

 とはいえ、知能開発玩具の「頭をよくする作用」が、大人が玩具に興味を持つ主因ではない。遊ぶ過程で体験する快楽や達成感、それに心の底からリラックスできる感覚こそが、ポイントである。

大人向けの知能を養うゲームが人気

 コンピューター会社に勤務する余さんは、プレッシャーの大きい毎日を送っている。そのため休みの日には、家でのんびりしたいと考える。彼は、休日前に知能開発玩具を購入し、妻や子どもと一緒に遊ぶことにしている。暇つぶしになるだけでなく、お互いの距離が縮まり、さらには子どもの考える力も養える。家族共通の娯楽ができた。

 生活レベルの向上にともない、中国人の生活嗜好はますます広がりを見せている。伝統的な中国将棋や囲碁、軍人将棋、ダイアモンド・ゲームの他にも、多くの大人が凧や模型作りのような子ども時代に親しんだ遊びに没頭している。

コンピューター・ゲームに熱中しすぎる子どもが増え、社会の注目を集めている。子どもにゲームとの距離をどう保たせるかは、親にとって頭痛の種

 一方女性の多くも、様々な人形や動物のぬいぐるみで自分の部屋を飾る。一部の大中都市の玩具卸売商は、マーケット開拓の過程で、もともと子ども向けに生産したリモコン付きラジコンカーや戦艦、モデルカー、イヌのぬいぐるみなども、大人の心をひきつけていることに気づいている。

 子どもと違い、大人が玩具に熱中する際には、一種の懐古の思いをぬぐい去れない。自分の成長とともにあった玩具は、どんなに粗末なものであれ、もっとも貴重で、もっとも美しい思い出である。

 おそらく、このような心が、大都市に魅力的な玩具ショップを生んでいる背景にあるのだろう。手作りの木製、鉄製玩具、泥人形、様々なタイプのモデルカー、変身可能な超合金などを販売している。このようなショップは、玩具を愛し、収集にも興味を持つ人たちに、尽きることのない喜びを与える。

北京国子監街(通り)にある北京の伝統玩具専門店「盛唐軒」には、北京っ子の懐古の念を刺激する玩具が並ぶ

 北京雍和宮に近い国子監街(通り)には、北京の伝統玩具を売る専門ショップ「盛唐軒」がある。店主の父親は、代々、ぬいぐるみを作ってきた職人家系の出である。ショップには、北京っ子がかつて親しんだ「万華鏡」「兔児爺(兎頭人身の泥人形)」「金馬駒」などの伝統的な玩具が並ぶ。

 これらの紙や布、木、泥を主な材料とした玩具は、職人の想像力や巧みな技術で真に迫っている。こんなショップが、懐古の念を満足させるだけでなく、中国の伝統工芸に興味を持つ少なくない外国人観光客をひきつける。

 カントは、「我思うゆえに我あり」と言ったが、中国では、「我遊ぶゆえに我あり」という現象が現われている。



伝統的な玩具

▽九連環(知恵の輪)
 宋代に生まれた玩具。数列の原理によって作られ、その法則を解けなければ、外すことはできない。

▽孔明鎖
 木片を組み合わせて遊ぶ玩具。三国時代・蜀の諸葛孔明(亮)の発明といわれる。鎖を解くには、空間に対する想像力を発揮する必要がある。

▽七巧板
 パズル・ゲーム。常識的な発想から一歩踏み出すことではじめてこのゲームを楽しめ、新しい発想にたどり着く。

▽兎児爺
 通常、泥で作られた兎頭人身の人形。かぶとをかぶり、甲冑をつけた人形で、色彩豊か。中秋節には、神として祭られる。

▽金馬駒
 ぬいぐるみの子馬。かつては富をもたらす象徴だった。毎年旧暦1月2日、福の神を祭る廟を参拝し、一頭の立派な「金馬駒」を受け取り、なるべく速く家に持ち帰り、家に一年間祭る。