目指すは「市場経済国」
      ジェトロ北京センター所長 江原 規由
    
 
   
 
江原規由
1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。

 

 2001年のWTO加盟により、1978年来の中国の改革開放政策は、世界の承認を得たといえます。加盟まで15年かかりましたが、以後、経済の国際化が大きく進展し、中国は世界第四位の貿易大国に成長しました。

 いま、その中国が、「第二のWTO加盟」と位置づけて、世界に承認を求めているのが「市場経済国」の地位です。中国は、今もって「非市場経済国」であり、国際通商上、大きなハンディキャップを課されています。

 どんなハンディキャップでしょうか。

 まず、このところ急増している中国製品に対するダンピング措置に関係があります。WTO加盟国は「非市場経済国」の製品がダンピングかどうか決める際、第三国の生産コストを基準にすることになっています。

 93年に、EUが中国製カラーテレビに対するダンピング調査を実施した際、中国より労働コストが二十倍も高いとされるシンガポールを代替国とした例や、今年五月、米国が同製品に対しインドを代替国として最高80%に近いダンピング税率を課した例など、多々あります。

 2003年、中国が各国から受けたダンピングおよびセーフガード措置は59件(立件案件)で過去最高。今年に入ってからもその勢いは衰えておりません(注1)。

 「非市場経済国」である限り、良質で安価な製品を生産・輸出しても、輸出先で第三国の生産コストが適用されれば、中国製品がダンピング課税される可能性が高くなり、国際貿易上、多大な不利益を蒙ることになりかねません。

EU・米は承認せず

 「非市場経済国」とは、冷戦時代の産物です。当時、西側諸国は中国、ソ連、ベトナムなど社会主義国を「非市場経済国」として、通商上、差別待遇していました。

 WTO加盟に際しても、中国は、向こう15年以内の「非市場経済国」の地位のまま加盟するという条件(注2)を呑んだことから、今も冷戦時代の通商上の重荷を背負っているわけです。

 中国が「市場経済国の地位」承認にどれほど力を入れているか。温家宝総理、呉儀副総理、薄煕来商務大臣など国家の要人は、訪問した外国でも国内会議でも、最優先にこの「地位」の承認を求めています。

 今年7月15日現在で中国を「市場経済国」として承認した国は、ニュージーランド、シンガポール、マレーシア、タイ、南アフリカ、キルギス、トーゴ、ベニンの八カ国ですが、肝腎の米国は6月3日、中国に「地位」を与えるかどうかの初の「公聴会」で、「時期尚早」の結論を出しました。

 米国商務省では@人民元の兌換可能状況A労使の賃金交渉における自由余地度B外資企業設立の自由度C政府による生産手段の所有度D市場メカニズムの発揮度E同省が認めるその他の基準の六項目を「地位」認定条件としておりますが、中国にとって、いずれもそう簡単には応じられない条件ばかりです。

 また最近、関係緊密化が際立つEU(注3)も、6月28日、@法制度の不透明性A中国政府による市場コントロールの存在B不十分な知的財産権保護C金融・融資面での市場性欠如――を理由に、「地位」承認を拒否してしまいました。

 EUの承認には期待が大きかっただけに、中国のショックも大きかったようです。中国外交部は「EUは、中国がWTO加盟に際しての約束事項を果たすことを希望する一方で、『市場経済国』の地位認定をしないのは矛盾している」と批判しています。

立ちはだかる政治的判断

 中国は自ら、すでに「市場経済国」たる資格は十分あると認識しています。

 例えば、民営企業など非公有制経済が中国経済で主流になりつつあること、経済活動における政府の介入が大幅減となっており、価格の90%以上が市場によって決定されていること、WTOルールに合せるため三千余の法律、法規、経済・貿易政策を改めたことを挙げています。

 また、7月1日から施行した『行政許可法』では、「まず市場、次に社会、その次に政府」と、政府の市場重視の姿勢を前面に押し出し、例えば、政府の審査・認可項目を大幅に削減したとしております。さらに、同日施行の『改正対外貿易法』でも、個人が貿易に従事できるようにしたことなどを指摘し、中国の市場経済化が大きく進展していると主張しています。

 ただ、中国の「地位」承認には、政治問題が内包されているという点でやや複雑です。
 米国は、秋の大統領選挙を控えております。中国製品に押され気味の米国産業界から反発を受けないためにも、「地位」承認は棚上げしておきたいところでしょう。

 EUにも域内産業保護という視点で、「ダンピングカード」を容易に切れる現状を変えたくないとの思惑があります。その一方でEUは、中国より市場化水準が低いロシアに対しては、同国からの石油確保、反テロ協力を得たいとする政治的判断に基づいて、「地位」の承認をしています。

世界へ投じた大きな一石

 いま、中国を「市場経済国」として承認することが、果たして、通商上、政治上の利益を損なうことになるのでしょうか。

 目下、中国は市場の対外開放を急ピッチ進めており、短期間に世界のどの国も経験したことのない48万という外資系企業を受け入れております。中国の経済発展が各国・地域経済と企業の発展にプラスとなっていることを否定できる人はいないでしょう。

 「地位」承認問題の核心は、「中国脅威論」から「中国待望論」へと目まぐるしく変わる世界の対中評価に、中国が大きな一石を投じたものだといってよいでしょう。

 翻って、日本はどうでしょうか。事の重要性にもかかわらず、「地位」承認問題はあまり話題となっておりません。

 93年以来、中国最大の貿易相手国である日本には、戦略的対応を期待したいところです。中国におけるプレゼンス低下が目立つ日本にとって、率先して承認することが「国益」につながるのではないでしょうか。「地位」認定は、昨今の波風立つ日中関係改善、友好増進への千載一遇のチャンスでもあります。

 


注1
 1979年8月から2003年末までの中国製品に対する各国各地の反ダンピング調査案件数は559件。最近の立件ベースで対中アンチダンピング案件が最も多い国はインドで、以下、米国、EU、アルゼンチンの順。

注2 具体的には、米国との加盟交渉。加盟各国との交渉で譲歩した条件は、すべての加盟国に適用される。これにより、WTO加盟国は最高2016年まで中国の「市場経済国」の地位承認を保留できることになっている。

注3 今年に入って、胡錦涛国家主席はじめ国家の要人が相次いでEU諸国を訪問しているほか、今年1〜5月、EUは中国最大の貿易相手国となった。なお、2003年は、日本が中国最大の貿易相手国であった。