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妖怪? ハクビシンを退治する
 
 
甘酸っぱくておいしい「山稔果」
文・写真 丘桓興

 昨春、中国の一部で新型肺炎が発生した。感染源を追究すると、ハクビシンが元凶の一つではないかと言われた。

 ハクビシンといえば、私は少年時代のあるできごとを思い出す。

 1953年秋、広東省・高思郷の「僑興中学」に入学したころのことだ。ある晩、教師がいつものように笛を吹き、消灯になった。同室になった数人のクラスメートとベッドに寝転び、おしゃべりを楽しんでいた。そのとき突然、東の山すそにある墓地から、絹を裂くような悲鳴が聞こえた! 赤ん坊の甲高い泣き声のようにも聞こえ、鳥肌が立ちそうになった。私たちは息を殺して、しゃべるのをやめた。私はもともと意気地がないので、こんなに恐ろしい声は、伝説に聞く妖怪の雄たけびだろうと思った。恐くて布団を頭からかぶったのだ。

ハクビシン

 翌日、クラスメートが、そのすさまじい声について話しだした。恐怖はまだ収まらなかった。前の晩はトイレに行けなかった者、一晩中よく眠れなかった者などがいた。それで多くのクラスメートが、授業中に元気がなかった。

 じつは、この世に妖怪などがいるものか。それなら妙な叫び声は一体なんの声なのか? ある教師は、それがハクビシンの鳴き声だと教えてくれた。ハクビシンは昼間寝ているが、夜になると食べ物を探しに出てくる。とくに東の山腹にある野生の果実「山稔果」(地元の方言)は秋に実り、紫の果汁が甘酸っぱくて、とてもおいしい。巨峰に似た形をしていて、農家がそれを収穫しては、酒をつくる。しかしやたらに種が多く、食べ過ぎるとのぼせてしまうし、便秘にもなりやすい。ハクビシンは便秘になって、痛くてたまらず鳴いたのだろう。墓石に尻をこすりつけ、大便をしたに違いない。今晩もやって来るなら、その後も毎晩来るだろう、と教師は言った。

 たしかに、その晩も身の毛がよだつ叫び声が聞こえてきた。しかし今度はハクビシンだとわかっているので、みんな恐がらなくなった。とはいえ時に甲高く、時に低いその鳴き声を聞くと、やはり眠れないのであった。教師たちは、どうすればいいか話し合った。「このままでは、あの憎らしいハクビシンのお陰で生徒たちは眠れなくなる。勉強や健康にも害を及ぼすだろう」。そこで、ハクビシンは退治されることになった。そのころは野生動物保護の意識が、あまり高くはなかったのだ。

 体育と音楽の教師だった黄国椿先生は、猟をするのが得意だった。寝室の壁には鳥銃が掛けられていた。日曜に暇があれば山へ行き、野鳥やノウサギなどを撃っていた。学校側は当初、黄先生に「地銃」を設置してもらおうとした。つまり、火薬や散弾を入れた鳥銃に糸をつなげ、墓地のそばに置いておく。ハクビシンが糸に触れると、自動的に引き金が引かれ、発砲されるというものだ。しかし、誤って人に危害を与えることを恐れて、代わりに「キツネ砲」が使われることになった。

 「キツネ砲」とは、キツネやハクビシンなどの動物を退治するための爆発物だ。客家の民間でよく使われていた。つくり方は簡単で、瓦のかけら二枚に火薬をはさみ、縄でそれをしっかりとしばる。外側に凝固したラードを塗ったらできあがり。キツネやハクビシンが匂いを嗅いで瓦を噛めば、火薬が爆発するというしかけである。

 黄先生はさっそく火薬を買ってきて、「キツネ砲」を一つ作った。それを短い竹竿にしばり、日が落ちるとハクビシンがよく出没する場所に挿しておいた。安全のため、学校側は生徒たちに告知した。「夜になったら校外へ出ないように。爆発音を聞いてもあわてず、外出しないように」と。

 消灯後、私たちはベッドに横になり、ハクビシンの退治について話していた。今か今かと爆発音を待ち望んだが、待っていると来ないものだ。そうこうするうちに、だんだん眠くなってしまった。どれだけ時間が経ったのだろう。突然の爆発音に、私はハッとして目を覚ました。きっとハクビシンを退治したのだ。私の胸は高鳴った。

豪放らい落な黄国椿先生。いまは退職して、釣りを楽しんでいるという

 翌日、まだ暗いうちに黄先生は鳥銃をかつぎ、懐中電灯を手にして「キツネ砲」をしかけた場所へと向かった。地面に血の痕跡があった。その跡についていくと、干からびた溝にでた。底にあった低木の陰に、傷を負ったハクビシンが見つかったという。

 生物教師の提案だったのだろうか、ハクビシンの標本が作られることになった。数人の教師たちが着手した。まもなくして、図書館の本棚の上にハクビシンの標本が飾られた。

 先ごろ帰省した私は母校を訪ね、生物標本室の見学をした。標本棚には鳥や獣、魚、昆虫などさまざまな標本が置かれていた。購入したもの、教師たちの手作りのもの、台湾の同胞や海外華僑たちから寄贈されたものもあった。じつは、あのハクビシンの標本をカメラに収めたかったのだが、いくら探しても見あたらなかった。聞けば、数年前に湿気ってカビが生えたため、処分されたのだという。まことに惜しいことだった。

 
  【客家】(はっか)。4世紀初め(西晋末期)と9世紀末(唐代末期)、13世紀初め(南宋末期)のころ、黄河流域から南方へ移り住んだ漢民族の一派。共通の客家語を話し、独特の客家文化と生活習慣をもつ。現在およそ6000万人の客家人がいるといわれ、広東、福建、江西、広西、湖南、四川、台湾などの省・自治区に分布している。