文・写真/須藤みか
 
昔も今も 凧が舞う
 
 
 

 中国で暮らすようになって驚いた習慣・文化はいくつもあるが、凧揚げもそのひとつ。凧はお正月に揚げるものと思い込んでいたし、どちらかと言うと 男の子の遊びというイメージだったけれど、中国では性別も世代も、そして季節さえも限定しない。

昼夜問わず浮遊するのが中国流

凧揚げ名人のおじいさん

 「あれって、UFO?」
 夜空にひらひらと舞う凧を見て、中国に来たばかりの日本人の友人があっと驚いたくらいで、早朝の老人から昼間の親子や恋人たち、夜の青年まで、時を問わず中国人は凧を揚げる。

 中国の凧の歴史は二千年を超える。三千年という説もあり、物の本によれば、敵陣の空に揚げて、距離をはかったのが凧の発祥であることが記されている。時代を超えて凧は中国の人々に長く愛されてきたのだ。

母子で楽しむ

 土曜日の午前十時。市中心にある人民広場で凧揚げをしている男性をずっと見ていたら、「よく揚がっているだろ」と、誇らしげな笑顔が返ってきた。男性は、三十六歳。広告会社に勤めている。週に三回は凧を揚げに来る。週末は特に、六時間は揚げるのだという。一年を通して凧を揚げ続ける彼の顔は「凧焼け」するのか、真っ黒に日焼けしていた。

 本物の鷹のように悠然と舞う凧をするすると下ろして、手にとって見せてくれた。
 羽根は一枚一枚細かく描かれ、顔や嘴も立体的で実にリアル。一枚作るのに、五、六日かかるという。

 「オレが自分で描いて作ったんだ。胴体の部分はいいシルクを使っているから軽くて、よく揚がるのさ」

デートも凧揚げ

 競技大会にも参加する凧好きで、それが高じて手先が器用な凧焼け氏は見よう見まねで作るようになった。

 「ほら、あっちに揚がっているあれも、オレが作ったのさ。350元(約4500円)で売ったんだ」

 凧焼け氏が指差すほうを見上げれば、同じような鷹が宙を舞っていた。自分の趣味で作り始めたはずが、腕の良さが凧好き仲間の間で知られ始めると注文が少しずつ舞い込み、いまではいい副収入にもなっているのだ。

元気の秘訣は凧揚げ?

見事な細工は手工業ならでは

 趣味として凧を愛する人もいれば、お年寄りたちにとっては健康アイテムのひとつになっている。

 早朝の黄浦江ほとりの黄浦公園で凧を揚げているおじいさんと話していたら、なんと御年、87歳。

 「一に目に良い、二に首の運動に良い、三に健康に良い。あんたもやってみるといい」

 三つの理由を挙げて、凧揚げを薦められた。なるほど、背筋もシャンと伸び、矍鑠たる姿は若々しい。確かに、胸筋や腕の力を鍛えられて、体の鍛錬になるかも知れない。

 そう言えば、一昨年のSARS終息宣言後に、街には凧揚げ族があふれ、ニュースとして盛んに取り上げられていた。久しぶりに味わう開放感も手伝っただろうが、人々は健康を求めて凧を揚げたのだ。

 最近の凧は、材料にビニールなどを使用、大量生産されるようになったが、今も伝統工芸として山東省を中心に凧作りの技は受け継がれている。

 上海を代表する名園、豫園で凧を売っていた三十代後半の女性は、この道19年。同じく凧職人の夫の作品を、直線距離で七百キロ離れた上海まで売りに来ているという。

長さ6メートルにもなる竜凧

 「シンプルなものでも1、2年、複雑なものだと3年は修行しないと作れない」と話す。

 長さ6メートルにもなる龍の形をかたどったものや、京劇の各種隈取りがあしらわれたものなど、細工が美しいものは山東省の職人ではなくては作れないもののようだ。

 凧は中国語で、「風箏」と書く。なんとも、風流な響き。経済成長を続け、手に入らないものなどほとんどない今の上海で、昔から伝わる、いかにもシンプルな遊びの凧揚げを楽しむ。趣味人の鷹凧からは雄々しいメロディ、親子が楽しむアニメキャラ凧からは軽やかなアニメソング、そして恋人たちの凧からは甘いラブソング…。近代的な建物をバックに風の中を自在に舞う姿からは、それぞれの音色が聞こえてきそうだ。

 

 
 

  すどうみか 復旦大学新聞学院修士課程修了。フリーランスライター。近著に、上海で働くさまざまな年代、職業の日本人十八人を描いた『上海で働く』(めこん刊)がある。  
     


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