知っておくと便利 法律あれこれF     弁護士 鮑栄振
 
 
 
 
 
「イッキ!」のかけ声もほどほどに

 「何をもって憂いを解かん、ただ杜康あるのみ」(杜康は酒の名)

 「酒は、知己にあえば、千杯も少なし」

 酒飲みに関する諺は、中国にはきわめて多い。中国では大酒飲みのことを「海量」と呼び、「海量」の人は非常に多い。気の合う仲間や職場の同僚が集まると、徹底的に飲む。

 酒席では必ず、何か理由をつけて、特定の相手か、あるいは全員に杯をささげ(「敬酒」という)、中国式の乾杯(全部を飲み干す)をしなければならない。それが宴の終わりまで、延々と続く。

 地方によっては酒席で、酒の飲み比べをしたり、罰杯を飲ませたりするなどの習慣がある。その結果、完全に酔っ払うまで飲むのは日常茶飯だ。

 日本でも、酒席を盛り上げる方法として、「イッキ飲み」と「駆けつけ3杯」がよく使われる。飲ませ上手、掛け声上手は、酒席の幹事のもっとも大切な仕事になっている。中日の「酒飲み文化」は、よく似ている。

 飲みすぎにより身体を壊したり、生命を落としたりすることがよくあるが、乾杯したことによって、損害賠償を請求されるおそれがあることを知る人はそれほど多くないと思われる。

 江西省浮梁県に住む大酒飲み徐さんらは、昨年、乾杯したために訴えられ、ひどい目に会った。徐さんら3人と乾杯し、酒を飲みすぎたために死亡した人の遺族が、徐さんら3人を相手取り、死亡賠償金、葬儀埋葬費、慰謝料、医療費等合計2万元の支払いを求めて訴訟を提起したのである。遺族の主張は、徐さんらが酒を勧め、乾杯をしたことが原因で死亡したのだから、一定の過失があるというものだった。
 
 これに対し江西省浮梁県人民法院は、死んだ人は、過度の飲酒がどんな結果をもたらすか知っていたはずであり、死亡について主要な責任を負わなければならないが、死んだ人の飲酒を阻止せず、彼と乾杯した徐さんらにも過失があったとして、副次的責任を負わねばならないと判断し、徐さんらに対して5482元の賠償を命じる判決を下した。

 また、徐さんも、死んだ人から無理やりに飲まされたため入院したとして、6000元の損害賠償を求める反訴を興したが、それについては死んだ人にも一定の過失があったとして、原告側が徐さんに医療費479元を支払うよう命じた。

 一般に、通常の宴会で、目上の人やお客さんに適度に酒を勧める場合は、民事責任を負う必要はなく、むしろ礼儀上、必要なことと判断される。しかし、酒飲み競争や飲酒の強制などによって死傷者が出た場合、酒を勧めた人、いっしょに「イッキ」「イッキ」とはやしたてて乾杯した同席の人は、損害賠償の責任を追及されるおそれがある。

 法律の実務では、酒を勧めた人は、飲まされた人が身体を壊したり、生命を落としたりすることがありうることを認識していたはずである、と解される。そこで、自分の行為が他人に損害を及ぼすことを知っていながら、あえて違法の行為をしたり(故意)、不注意な行為(過失)で他人の権利や利益を侵し、損害を与えたりした場合は、不法行為に該当し、その損害を賠償しなければならないとされる。

 また、暴力的手段により、無理やり酒を飲ませたり、はじめから酔いつぶす目的で飲ませたりして、死亡させてしまった場合には、直接飲ませた人には傷害致死罪が成立することがある。

 従って、宴会を盛り上げて、その場を楽しくすることも大切だが、「楽極生悲」(楽しさ極まれば、悲しみ生ず)という事態が起こることは絶対に避けなければならない。

 日本ではあらかじめ幹事が、あまり飲ませないようにみなに釘をさしておくとか、上司に頼んで「イッキ」飲みが始まったら一言、注意してもらうとか、「イッキ」飲みができる雰囲気ではない店を選ぶとか、さまざまな対策が考えられているという。

 日系企業は、こうした対策を、中国でも大いに広めてほしいものだ。

 


 
 
鮑栄振
(ほう・えいしん)
 中国弁護士。毅石律師事務所北京分所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。
 





 
 

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