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日本貿易振興機構企画部事業推進主幹 江原 規由
 
 

中国経済を見る試金石の年

 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

 2005年の第1〜3四半期(1月〜9月)、中国は9.4%の高成長を遂げました。今年から始まる「第11次5カ年規画(11・5規画)」でも、年平均8%前後と高い成長を目指すことになっております。

 ただ中国の高成長はこれまでとは異なった環境に直面しており中国経済は新たな対応の時を迎えたといえます。ダムに喩えれば水量(成長)は増えたがダム底に不要な沈殿物(環境・資源・エネルギー問題の先鋭化、格差拡大、腐敗蔓延、事故・犯罪多発など)も溜まってきています。このままでは水分より沈殿物の増える比率が多くなりかねない状況に中国経済は直面しつつあるといってよいでしょう。

 11・5規画の期間中には、北京オリンピックや上海万博といったビッグプロジェクトが予定されており、世界の目が中国に向く中、成長のバブル面をどう処理していくのか、中国経済の行方を見る上で2006年は、試金石となる年といえます。

軽→重の視点

 中国の経済成長を牽引してきたのは沿海地区の軽工業であったと言えます。地域的には珠江デルタ(華南)や長江デルタ(上海周辺)を中心とする沿海地区であり、この地域に進出した外資系企業の貢献も大きかったといえます。

 今日、中国経済の重化学工業化が急展開しており、そのメッカである中国・東北部の振興に関心が高まっております。今後の中国経済の成長は、重化学工業部門に外資がどう関わるかに大きくかかっています。昨年、中国政府が36号文件を発表し、東北地区への外資導入を積極化しようとしている点は注目されます。

 中国政府は、重化学工業化で環境・資源・エネルギー問題が深刻にならないよう、例えば、製鉄大手の鞍山製鉄と本渓製鉄を合併させたり、最大手の首都鋼鉄を営口市、唐山市などの沿海地区へ移転させたりするなど、資源利用の効率化と環境保護に努めています。歴史的に深い関係を有する東北地区への日本企業の進出は、21世紀の日中経済関係を強化する上で大きな意味を持つと思われます。

公→民の視点

上海証券交易所

 中国経済における民営企業の比率が高まっています。民営化の柱は株式化です。同時に、外国企業が中国企業をM&Aすることで、民営化が進展する状況にもあります。中国の株式市場は法制面などでまだ未整備、未発達なところが少なくないわけですが、中国政府は非流通株を流通させるべく、証券市場の改革に大胆に取り組んでいます。

 M&Aは、株式市場を通じる以外にも多くの手法があります。例えば、対中進出しようとする日本企業が自社の技術や人材を中国企業に提供し、その企業の非上場株を取得するといったケースも考えられます。今後、M&Aは対中ビジネスの可能性を大いに高めるといっても過言ではありません。

内→外の視点

 中国は実質的に世界最大の投資受入れ国(登記ベースで約53万社)ですが、同時に、「走出去」(中国企業の海外進出)を国家戦略として展開する方針にあります。

 このことは、外資系企業にとって、中国は労働力確保の場として、また部品調達やM&Aの場として、さらに市場として、魅力に富んでいるだけでなく、中国企業と組んで海外進出する拠点としての魅力が増してきているということです。

 アジアの経済発展は雁行型といわれてきました。飛翔する雁の群れの先頭を日本とし、新興工業経済地域(NIES)や東南アジア諸国連合(ASEAN)を翼として、時系列に発展してきたという理論です。

 では中国は雁行のどこに位置するのでしょうか。中国は雁行には参加するのではなく、雁の群れが着地する拠点になるのだと思います。すなわち、「引進来」(外資系企業の受入れ)し、ともに「走出去」する拠点になるということです。

南→北、東→西の視点

 中国経済の成長ポイントである外資系企業の対中ビジネス拠点が華南・上海地区から環渤海地区、東北地区へ、沿海地区から中部、西部地区へと、全方位に展開しつつあり、産業の適地分業体制が進みつつあります。今後、交通網や都市化の進展で、この流れはさらに加速されるでしょう。

 注目すべきは、東アジアでも産業の分業体制が進みつつあるということです。

 このところ、中国一辺倒ではなく、ASEAN など中国以外の国・地域とのビジネス展開を見直そうとする日本企業が目立ってきています。いわゆる、「中国+1」(中国プラスワン)という発想です。因みに、累積では日本の対ASEAN投資は対中投資の3倍となっております。

 2005年10月、大阪で日中企業約500社(日本約300社、中国約200社)が参加した日中経済討論会で基調講演をした、中国を代表する経済学者の樊鋼氏は、中国発の製品は、「メード・イン・チャイナ」ではなく 「メード・イン・アジア」であるといっていました。中国とASEAN、日中韓の自由貿易協定(FTA)の進展が期待されるだけに、今後 中国からますます多くの「メード・イン・アジア」が世界に発信されることになるでしょう。

陸→海→空の視点

 2005年、中国は海洋国家としての姿勢を打ち出しました。「走出去」の積極化など中国経済の国際化が進展していることから、海外への道である「海」が大きくクローズアップされたわけです。

 2005年は、アジアからアフリカ東海岸に至る当時世界最大の通商交易圏を築いた鄭和の大商船団が処女航海に出た時からちょうど600年であったことから、海洋立国論は時宜にかなっていました。21世紀の鄭和の大商船団に積まれるのは「メード・イン・チャイナ」だけでなく、中国に進出した外資系企業でもあるでしょう。

 また、2005年には2人乗り宇宙飛行の打ち上げが成功し、中国は「科学技術立国」を目指すと宣言しました。シルクロードの陸の道からシーレーン、そして宇宙へと、中国経済は3次元での発展を目指すわけです。

2→1→2の視点

 中国の外資系企業受入れは改革・開放当初は合弁形態が主流でしたが現在は独資(外資100%出資単独進出)が多数になっています今後はM&A方式が中心になる情勢にあります

 M&Aとは、喩えていえば、中国企業と外資系企業が中国の証券市場、産権交易所、競売場などを会場として、お見合いや結婚式を行うようなものです。

 合弁は2人暮らし、独資は1人暮らし、M&Aは結婚して2人で家庭を築くことといえるでしょう。生まれてくる子供たちも国際結婚し(在中外資と組み)世界へ出て行って(「走出去」して)ほしいと思います。これが、中国の希求する和平崛起(平和的台頭)の具現化といえるのではないでしょうか。

多→少の視点

 中国経済が高成長を維持し、重化学工業化すれば、多くの資源・エネルギーが必要となり、環境への影響も考慮しなくてはなりません。

 中国は目下、「緑色GDP」を提唱し循環経済、節約型社会の建設を目指しています。資源浪費型の産業構造を省エネ型に調整・転換したり、企業に厳しい環境基準を課したりと、いわば、中国経済は厳しいダイエットメニューで大胆にフィットネスを始めたといえます。

 今日、中国の問題は世界の問題となっています。ダイエットに成功した新生中国経済の出現を、大いに期待したいと思います。



 
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