北京ウォッチングM 邱華棟=文 劉世昭=写真
 
若者の足が遠ざかる劇場
 
 
 
門の前にある京劇の隈取りの彫塑が長安大戯院に特色を添えている

  北京には、昔ながらの劇場がどのくらい残っているのだろうか。そして、どのくらいの人が古典的な芝居を好んで見に行くのだろうか。現代的な都市のリズムは、古めかしい芝居とはまるっきり違ってしまっている。それでは、芝居を好んで見に行くのは、どのような人たちなのだろうか。

  日本では、伝統芝居は相変わらず人々の生活に影響を与え、その役割を果たしている。かつて、私は東京の銀座で歌舞伎を観賞したことがあるが、そこでは毎日伝統的な演目を上演していて、とてもすばらしかった。それでは、北京はどうだろうか。

  北京には現在、主に伝統芝居を上演する劇場が9つある。中でも、天橋楽茶園、正乙祠戯楼、恭王府戯楼、梨園劇場、湖広会館、東方茶楼、大観園戯楼は、清代に建設され、今に至るまで脈々と続く、名高い劇場だ。
 
  1988年建造の老舎茶館は、78年の改革開放後に設立された唯一の劇場である。京劇の上演が主で、各種の演芸はそれを盛り上げている。創業者の尹盛喜さんは、自らも京劇をたしなみ、米国のキッシンジャー元国務長官をはじめ、多くの外国要人や指導者の前で演じて見せたことがあるという。彼が亡くなってからは娘さんが後を継いでいるが、もともとの経営精神と理念は変わっていない。
 
  1937年に建てられ、数年前に改築された豪華な趣の長安大戯院は、今のところ北京で最もランクが高い劇場だろう。しかし、東長安街の長安光華ビルの下層階に入っている。観劇のチケットは最高で800元(1元は約14円)、主に京劇を上演する。

前門にある老舎茶館は毎晩お客でいっぱいになる

  私はこういった劇場で芝居をみたことがあるが、観客は中高年が多いと思った。若い人たちは軽快でクレージーなテンポのディスコを好むのだろう。時代によって、流行る芸術のかたちは異なる。伝統芝居も間違いなく日に日に衰退していくだろう。「国劇」である京劇でさえ、例外ではないのだ。
 
  ところが、2000年からこの状況がいくらか好転した。私は、東京の人たちが歌舞伎の観賞を好むように、北京の若い人たちにも自分たちの伝統芝居を好きになって欲しい。劇場で、芝居を見にきた人たちに囲まれていると、隔世の感を覚える気がする。この感覚は、私の心の中に眠っていた幼少の経験を呼び起こす。子どもの頃も私はいくつかの大型芝居を見たが、それは過去の時代の映像であり、過去の時代の美的感覚だった。
 
  北京にある9つの劇場のうち、7つは北京城の南に分布している。このことから、北京城の南はかつて人々が集まる繁華街で、全国からやってきた人々が行き来し、梨園や妓楼、集会所、商店が崇文区や宣武区を作りあげたことが分かる。特に前門の外は非常ににぎやかだった。
 
  今、通りに面した店舗はガラス張りの立派なものにすっかり変わったけれども、往年のようなにぎやかさはまるっきりない。北京の昔ながらの劇場は、今後もなくならないとは思うが、芝居を観賞する人はますます少なくなってゆくのではないかと心配している。もしかすると、劇場には役者だけが残り、舞台の上で寂しく演じる日がくるかもしれない。
 
  毎日コンサートが催されている北京音楽庁は、西単府右街の南側、長安街沿いに位置し、交通の便がよい。十数年の模索を経て、現在、その経営に成功した。文化も一つの産業だが、文化産業はけっしてたやすく運営できるものではない。音楽は目に見えず、聴きに行くものだが、それをお金に換えるのは難しい。

北京音楽庁

  北京で毎日コンサートが催されているのは、北京音楽庁だけだ。この都市の1500万人の中に、音楽が好きな人は1%、15万人いて、その人たちが2カ月に一度コンサートを聴きに行くと仮定すると、その2000の座席には空席がなくなる。しかも、一般的に数カ月後の公演まで事前に予定されていて、北京音楽庁の大ホールや市内の大型デパートでは、「音楽通信」という公演予告が自由に手に入る。そして、その予告を見て自分の好きなコンサートを選び、パソコンでまだ売れていない座席番号を調べて購入することができる。
 
  私はよく北京音楽庁へ音楽を聴きに行く。ある日、大学時代のガールフレンドと偶然出会い、彼女を連れてヨハネス・ブラームスのコンサートを聴きに行った。彼女はその場で寝てしまったかのようだったが、コンサート終了後、ずっと聴いていたと私に言った。赤いバレエシューズをはいてステージ上でくるくると回り続けている自分を想像し、まるで竜宮城で踊っているお姫様の気分だったという。

  また、李徳倫氏が指揮した新年のコンサートはとてもよかった。呂思清さんというバイオリニストの演奏があり、そのすばらしさはずば抜けていた。

  保利ビルの国際劇場もよく世界レベルの公演が催される音楽ホールだ。私はそこでロシア国立バレエ団の公演とフランスの画家、ジェラルドが交響曲『黄河』の伴奏のもと、絵を描いているのを観たことがある。
 
  北京にある60館余りの映画館やその他の演劇場、50余りのナイトクラブや娯楽施設については、特筆する必要はないだろう。都市に住む人々の審美眼や娯楽様式は多元化している。こういった場所のおかげで、この都市は面白く楽しいのかもしれない。

 

 
 
邱華棟 1969年新疆生まれ。雑誌『青年文学』の執行編集長、北京作家協会理事。16歳から作品を発表。主な著書に長編小説『夏天的禁忌(夏の禁忌)』『夜晩的諾言(夜の約束)』など。他にも中・短編小説、散文、詩歌などを精力的に執筆し、これまでに発表した作品は、合わせて400万字以上に及ぶ。作品の一部は、フランス語、ドイツ語、日本語、 リ国語、英語に翻訳され海外でも出版されている。  
 

 
本社:中国北京西城区車公荘大街3号
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