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日本貿易振興機構企画部事業推進主幹 江原 規由
 
 

「新農村」建設で「共同富裕」の実現へ


 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

 2005年10月の党16期5中全会で採択された第11次5カ年規画(2006〜2010年)で、「新農村」建設が重大な歴史的任務と位置付けられ、一連の重要政策措置が提出されました。

 「新農村」というフレーズは、1950年代以降、中央の重要文献や国家指導者の講話にひんぱんに登場していますが、胡錦涛総書記―温家宝総理の現政権は「新農村」建設を、かつてないほど重視しています。
 
 一例を示せば、昨年12月、農業税の徴収を廃止する主席令(第46号)が公布されました。農業税条例が発表されたのが1958年ですので、徴収免除は実にほぼ半世紀ぶりの決断ということになります。
 
 経済成長の担い手として、また、その果実の享受者として、工業、都市、労働者と同等な機会を農業、農村、農民に提供していこうという壮大な試みが、21世紀の「新農村」建設ということです。

格差拡大を示すジニ係数

 「新農村」建設は、現政権が最重点政策課題として取り組んでいる「三農問題」(農業、農村、農民)(注1)と不可分です。改革・開放4半世紀余の間、年平均9%以上の経済成長を達成した中国経済ですが、地域間、階層間の格差拡大といった成長の歪みが、成長そのものの阻害要因になりつつあるといわれています。
 
 例えば、成長の成果がどの程度平等に分配されているかを示すジニ係数(注2)で見ると、中国は「相対的に合理的な水準」として国際的に認められている0.4を超え、0.45に達しています。
 
 具体的には、全人口の20%にあたる貧困層の所得総額が全体の5%弱であるのに対し、同じく20%の富裕層のそれは50%を占めているのです。1990年代初めのジニ係数は0.3、90年代中期は0.4であったことから、所得や資産の分配の不平等が進み、格差が拡大していることがわかります。都市と農村の収入格差を見ると、1998年は2.51対1だったのに、2004年は3.21対1に拡大しています(注3)。
 
 いまや、世界第6位の経済大国になった中国にとって、不平等や格差の拡大は、党の威信、国際的面子にかかわる問題でもあるわけです。「新農村」建設は、改革・開放の生みの親であるケ小平氏が打ち出した「先富論」(機会のあるものから先に豊かになること)から「共同富裕」、即ち貧富の格差縮小、都市と農村の共同繁栄を目指す国家の不退転の意思を示していると言えるでしょう。

主役は都市化

「もっとも先進的な村」といわれる江蘇省の華西村に建てられた住宅群

 「先富論」は、高成長を可能とした原動力であったのですが、同時に、工業と都市が農業と農村に先んじて発展し、労働者と農民の間に格差をも生んだことにもなります。では、「共同富裕」のための「新農村」はどう実現しようとしているのでしょうか。

 「新農村」の目指す青写真は、「生産発展、生活寛裕、郷風文明、村容整潔、管理民主」の20の文字(注4)に集約されます。

 これを別の視点からみると、「以工促農、以城帯郷」(工業で農業を振興し、都市が農村の発展を引っぱる)ということになりますが、その核心は「都市化」にあるといえるでしょう。

 中国の都市化水準は40.5%(2003年)で、日本の1950年代に相当するといわれます。都市化水準とは、単純化していえば、総人口のうち都市にどれだけの人が居住しているかということです。

 中国は、「小康社会」(いくらかゆとりのある社会)を実現すると公約している2020年までに、都市化水準を55%とし、総労働力に占める農業労働力の比率を、現在の50%(約3億6000万人、うち半数超が余剰労働力とされる)から30%にする計画を立てています。

 「新農村」建設の主役である都市化は、主に@農村自体の都市化A農村余剰労働力の都市部への吸収、を通じて実現されるといえます。その過程で(1)農業の近代化(2)農村部での就業機会の創出(3)農民収入の向上、を図っていこうというわけです。

 @は主に国や地方政府の政策措置により、Aは農村人口の移動を制限している戸籍制度の見直しなどで実現へ向かうでしょう。このうち、戸籍制度については、同一行政区内(省、自治区、直轄市)では、戸籍の移動制限は緩和されつつあります。

 ちなみに、戸籍が移らなくても、出稼ぎは可能となっており、北京市で戸籍を持たない出稼ぎ労働者(主に内陸農村部出身)らの流動人口は360万人といわれています。ただし、戸籍が移らないと、医療、教育、社会保障などで不安定な立場に置かれることとなります。

住みよい農村へ

 政策的措置は、「多予、少取、放生」であると言われます。このうち、「多予、少取」(多くを提供し、少なく取る)については、農業税の廃止のほか財政支援強化策(農村建設への国債用途・予算内建設資金の増額等)が代表的です。

 具体的には、食糧補填資金や農機具購入資金補助の増額、2006年または2007年内に農村義務教育関連費用の全額免除、医療制度改革への財政補助の増強、農村部計画出産家庭奨励扶助制度の全国推進、そして農業及び農村インフラ整備(農村道路建設、農地の集約利用、電線網整備、飲水安全問題の解決、トイレ整備、優良食糧・種子産業化工程の促進等)への予算支出増などが指摘できます。

 「放生」(捉えたものを自由にする)については、農村マーケットの活性化、食糧・綿花など主要農産物の流通体制改革、農村金融体制改革の支持、農業保険制度の発展などとなっています。

 「多予、少取、放生」の目指すところは@農業の近代化A住みよい農村建設B農民の収入増、に集約できると思います。「三農問題」の解決、そのための「新農村」建設の意義がここにあるといえます。

内需拡大への布石

 「新農村」建設は、三農問題の処方箋でもあるわけですが、中長期的にはさらに大きな使命を担っているといえます。即ち、高度経済成長の牽引役としての役割を、農村にも担わせようということです。

 本誌先月号で紹介しましたが、中国は経済発展パターンを外需から内需主導に転換しようとしております。その成否は、都市化の推進で農業の近代化、住みよい農村建設、農民の収入増を実現し、農村部での消費がどれだけ増えるかにかかっているといっても過言ではないでしょう。

 「新農村」建設には、持続的経済成長と農村の豊かな明日がかかっているということになります。

注1 農村の余剰労働力は1億6000万人から1億8000万人、失地農民は4000万人との報道があるなど、三農問題は、中国経済最大の問題点の一つ。

注2 ジニ係数では、0.2以下が「収入が絶対的に平均化している」、0.2−0.3は「比較的平均水準」、0.3−0.4は「相対的に合理的な水準」、0.4−0.5は「収入格差が比較的拡大している」、0.6以上は「収入格差がひどい状況」とされる。現在の中国のジニ係数は0.44〜0.48の水準にあるとされている。

注3 中国経済信息誌(2005年20期)によれば、住居、社会保障、公共衛生、教育状況などを勘案すると、都市と農村の格差は5:1〜6:1になるという。

注4 生産力向上、ゆとりある生活、近代的な農村づくり、整然とした村構え、民主管理のこと。

注5 将来的には人口2億5000万人の農村が都市化されるが、その3分の1は小都市とされる(科学決策、2005年8期)。



 
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