人言を信となし、止戈を武となす(下)
                                                                              駐日中国大使  王毅

 前号に引き続き、王毅大使が日本の防衛大学校で行った講演を掲載します。――編集部

 第五の根拠は、中国が防御的な国防政策をとり、国防と経済の調和のとれた発展を堅持していることです。

 中国の国防は国の安全と統一を守り、順調な経済建設を確保するためのものです。私たちは軍事同盟や軍備競争に加わらず、勢力圏を求めず、海外に軍事基地を設けていません。私たちはあらゆる形のテロに断固反対し、核兵器や大量破壊兵器の拡散に反対し、核兵器の全面禁止と完全廃棄を主張しています。

 私たちは非核保有国と非核地帯に対して無条件に核兵器を使用せず、核兵器使用の脅しをかけないことを約束しており、核兵器の先制不使用政策を取っております。過去20年間、中国は200万近い兵力を削減しております。

 中国の人口と国土面積はそれぞれ世界の1位と3位で、国境線は2万2000キロ、海岸線は1万8000キロに及んでいます。中国は国家の統一がまだ実現されておらず、しかし、他の国に比べて、中国の安全環境は相対的にもっと複雑なものになっています。

 しかし、中国の軍事費は決して多くありません。2005年の国防予算は約302億ドルですが、米国は4220億ドルに達し、日本は約454億ドルです。中国の国土面積と人口は日本の26倍と11倍もありますが、軍事費は日本の3分の2にすぎないのです。

 中国の年間の一人当たり軍事費は23ドルたらずです。これに対し米国と日本はそれぞれ1256ドル、1300ドル余りに達しております。軍人一人当たりでみても、中国は1万3000ドルですが、米国は30万ドルにも達し、日本や英国も20万ドルに近く、日本は中国の15倍です。

 GDPに占める軍事費の割合をみると、世界平均は3%、米国は4%ですが、中国は1.6%にすぎません。財政支出に占める軍事費の割合をみると、世界平均は15%前後で、中国は7.8%にすぎず、しかも改革・開放初期の1979年に比べて、逆に10ポイント下がっています。この2つの指標はインド、韓国など多くのアジア諸国を下回るものです。

レクリエーション活動を楽しむ人民解放軍の兵士たち

 中国の軍事費は近年確かに増えていますが、それには次のような要因があります。

 一番目は、補償的支出です。1980、90年代のほとんどの年、中国の国防費の伸びは財政支出の伸びを下回り、実際の軍事費と軍人の生活はインフレと生活・生産財価格上昇の影響を受けていました。また軍隊がビジネスをしなくなった後、国の財政から軍事費の不足分を一部補充する必要があります。

 二番目に、軍人の賃金待遇を引き上げて、都市・農村住民の所得が向上するなかで、軍隊の賃金水準もそれに合わせて高めていく必要があります。軍人の社会保障制度を充実させ、軍人とその家族の実際の生活問題を解決しなければなりません。わが国は最近また、20余万の兵員を削減しており、その退役のための経費が必要です。私たちは、軍隊の人材養成への投資を増やし、人を奨励するメカニズムを打ち立てなければなりません。

 三番目に、世界の軍事変革の潮流に合わせ、装備費を適度に増額しています。中国軍はまだ、機械化・半機械化から情報化へのモデル転換の過程にあり、全体的装備水準は世界の主要先進国とかなり大きな差があります。

 一部の人は中国の実際の軍事費は、現在発表額の2〜3倍だとしていますが、もしそうだとすれば、中国の財政支出に占める軍事費の割合は20%に達することになります。これは中国の経済と財政からみれば、考えられない、耐えられないものであり、米国人さえ信じていません。ランド社の専門家は、これは一種の「憶測」にすぎないとみています。

 一部の人は中国の軍事費編成方式に疑問をもっています。しかし各国の軍事費編成にはそれぞれ違いがあるものです。西側のいくつかの国では、一部の軍民両用技術の研究・開発などの費用が軍事費に直接計上されていません。これに対し、中国の軍事費は、全国人民代表大会によって審査・承認を受け、公開かつ、透明なものです。

 一部の人は、中国の軍備の透明性は不十分だと考えています。私は、中国の軍備の透明性はたえず高まっていると申し上げたい。わが国の安全環境評価、軍事戦略、軍事力構造、管理体制、軍事外交、軍事費の総額と基本的構成などはすべて公開されています。中国はすでに4つの国防白書、2つの『軍縮・軍備管理と不拡散』白書を発表しており、白書の関連作業はすでに制度化、系統化、規範化されています。また、新しい白書が出るたびに厚さと情報量が大幅に増えています。

 ここで申し上げたいのは、透明性は絶対的なものではないということです。各国の軍事力水準と安全保障への関心には違いがあり、透明性の問題を画一的に扱うことはできません。そういう中、まさに透明性の向上を図るために、中国は、最近訪中した米国防長官に戦略ミサイル司令部を公開しています。

 第六の根拠は、中国が協力を重要な支点とする外交・安全保障政策をとっていることです。中国外交は協力の重要性を前面にだして、協力によって平和を求め、協力によって発展をはかり、協力して問題を解決することを打ち出しており、これは国際的流れでもあり、また当面と今後の中国外交・安全保障政策の重要な特徴でもあります。

日本の対中投資は実行ベースで約60億ドル。写真は中日合弁企業の生産ライン

 協力に基づいて、中国は90%の陸上国境問題を解決しました。ロシアとは国境を全面的に画定し、インドとは国境問題解決の政治指導原則に調印し、ベトナムとは陸地および北部湾の海上境界を画定し、ASEANとは『南中国海各国行動宣言』に調印し、フィリピン、ベトナムとは南中国海共同開発で進展を収めました。私たちはまた、日本に対して東中国海共同開発に関する積極的提案を行いました。

 協力に基づいて、中国は六カ国協議を積極的に促進し、朝鮮半島の非核化と平和・安定のために仲介の労をとりました。第4回六カ国協議では共同声明がまとまり、核問題が対話・交渉による解決の軌道にのせられ、半島情勢の悪化が回避されるとともに、半島と北東アジアの安全保障体制づくりの実行可能な道がみつかりました。

 協力に基づいて、中国は善意で隣国に対し、隣国を仲間とみなす方法と善隣(隣国と仲良く)、安隣(隣国と安定した関係を)、富隣(隣国を豊かに)の政策を打ち出し、アジア諸国とさまざまな形のパートナーシップと自由貿易取り決めを結び、アジアの地域協力を全力で推進しています。インド洋の津波、日本の新潟地震、パキスタンの地震や鳥インフルエンザの流行に際して、中国は被災地の方々と気持ちを共有し、私心のない援助を迅速に提供しました。

 協力に基づいて、中国は軍事外交を積極的に推進しています。中国の軍人と警察官は国連の枠内の平和維持活動に参加し、日本などと安全保障・防衛分野の対話を繰り広げ、テロ反対、海上捜索・救助、海賊や麻薬の取り締まりといった非伝統的安全保障分野の協力に参加し、関係の隣国と一連の軍事分野の信頼醸成措置をとりました。これまでに中日両国は防衛当局の安全保障協議を六回行ったほか、軍事留学生、若手将校相互訪問の制度を設けています。

 中日関係でも同様に協力に基づく必要があります。

 両国は一衣帯水の隣国で、文化的伝統が似通い、経済協力が密接で、人的往来が頻繁であり、両国が善隣友好を進めない理由はありません。「和すれば共に利し、戦えば共に傷つく」――これは両国の何千何百年来の歴史的経験・教訓の総括であり、現在の両国人民と有識者の基本的共通認識でもあります。

山津波に襲われた湖南省?陵山区で、被災民を救助する兵士たち

 中日協力の前途は広々としています。

 二国間レベルでは、両国経済の補完性は競争性をはるかに上回っています。両国の貿易構造についての日本の権威ある機関の調査では、80%が補完的で、競争は20%にすぎず、しかもほとんどが良性的な競争です。中国の発展に伴い、省エネ、環境保全、新エネルギー、新素材、金融などの各分野で双方の協力の余地は大きく広がるでしょう。中国は節約型と調和の取れた社会づくりの過程で、日本の経験を汲み取る必要があり、また日本各界の積極的な参加を歓迎しています。両国の軍事分野の交流と協力の潜在力も大きなものです。

 地域レベルでは、中日両国は共にアジアの大国で、GDPは東アジアの83%、人口は70%を占めており、東アジアの協力が加速するかどうか、東アジア共同体の目標が順調に実現されるかどうかは、かなりの程度、中日両国がどのような政策をとるかにかかっています。

 両国は東アジア協力において決して競争関係にはなく、互いに補完しあい、それぞれ力を発揮し、相互に促進することにより、経済・貿易、エネルギー、環境保護、社会発展、テロ反対や国際犯罪取り締まりなど各分野の多国間協力を推進し、東アジアの他の国々と共にウィンウィンをめざすことができます。両国はまた、朝鮮半島などの問題で対話と協調を強める必要があります。

 国際レベルでは、中日両国は共に多くの国際組織の重要なメンバーです。国連ミレニアム開発目標の実現、気候変動、伝染病予防・治療、アフリカの発展、石油価格や為替相場の安定、軍縮・軍備管理、中東和平プロセス、文明対話などの問題で、両国には多くの共通利益があり、意思疎通(コミュニケーション)と協調を強める必要があります。

 しかし残念なことに、両国の協力は現在大きな障害に直面しており、その原因は靖国神社問題にあり、焦点はA級戦犯です。

 靖国神社に祀られた14人のA級戦犯は、かつて日本軍国主義の対外侵略戦争を起こし、指揮した者で、その多くは中国を侵略した日本軍の要職にありました。中国はあの侵略戦争の最大の被害者で、死傷者3500万人という巨大な代価を払っており、ほとんどどの家族も不幸な経験をしています。

 中国は歴史認識で日本との完全な一致を期待しているわけではありません。しかし過去を終わらせ未来に目を向けるには、フランスとドイツのようにいくつか基本的問題で共通認識(コンセンサス)を得る必要があります。すなわち戦争の性格、責任と政府の立場です。中日国交正常化後33年間、双方のたゆまぬ努力によって、こうした共通認識が徐々に形成されてきました。

 しかし残念なことに、日本の指導者がA級戦犯の祀られた靖国神社に毎年参拝したことにより、歴史問題が再びクローズアップされてきました。

2005年7月、北京で再開された6カ国協議で、中国は議長国として役割を果たした

 中国の立場は一貫しており、私たちは以前から戦争の責任は少数の軍国主義者が負うべきで、日本人民も被害者だと主張しています。このような立場から、中国は対日賠償の請求権を放棄し、日本との国交正常化を実現しました。同じくこのような立場から、私たちは日本の指導者が軍国主義の象徴であるA級戦犯の祀られた靖国神社に参拝することに反対してきました。

 同時に私たちは、一般市民が神社に行くことに異議を唱えませんし、B、C級戦犯を外交問題にするつもりもありません。中国の要求は決して過大なものではなく、1985年の中曽根内閣以後の歴代内閣のやり方に戻ることを願うだけです。参拝を続けるならば、それは客観的に侵略を正当化するという「靖国史観」に同調することになり、戦争の性格と責任についての日本政府の立場をあいまいにし、中日関係の政治的基礎を損なうことになります。もちろん、日本自身のイメージと利益も損なわれるでしょう。

 中日両国人民は共に信義を大変重んじます。漢字の「信」は「人」と「言」の2つの部分でできています。すなわち「信は人言なり」(信とは人が話す言葉のことである)なのです。「朋友と交わるに、言いて信あらば」とか「人、信無くば立たず、国、信無くば安らかならず」とかいうのは、私たちの共通の価値観です。

 中日国交正常化の時、周恩来総理が「言必信、行必果(言ったことは必ず実行する)」と言い、田中角栄首相が「信は万事の本」と応じたことは、ともに中日関係の健全な発展にとって相互信頼と言動一致が極めて重要なことをよく示したものだといえます。

 今日、私たちは両国の古い世代の指導者の約束をおさらいし、33年前の中日関係の原点に戻って、中日関係を出来るだけ速く健全な発展の軌道にのせるよう共に努力すべきであると思います。(了)



 
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