知っておくと便利 法律あれこれ(21)    弁護士 鮑栄振
 
 
 
 
 
他人の写真は勝手に使えない

 『人民日報』のウェブサイト「人民網」の報道によれば、北京在住の日本人女性、夏子さんと、夫の劉さんの夫妻は、北京市のフォトスタジオに、婚礼写真の撮影を依頼した。ところがフォトスタジオはその写真を広告に無断で使用してしまった。

 このため夏子さんと劉さんは昨年10月、肖像権と氏名権を侵害したとして、精神的損害賠償(慰謝料)2万元の支払いを求める訴訟を起こした。

 これを受けた北京市東城区人民法院は、スタジオ側に対し、慰謝料6000元の支払いを命じる一審判決を言い渡した。

 日本では、肖像権は、法律の条文として存在せず、数々の判例によって法的に認められている。中国では、1987年1月1日から施行された『民法通則』(第100条等)に、肖像権を保護する規定がある。

 また、最高人民法院も、肖像権を侵害された者は、侵害した者に対して精神損害賠償を求めることができるとする司法解釈を示し、肖像権保護を強化した。これに加えて近年、中国人の法意識が高まり、肖像権の侵害行為を法的に訴える事件が多発している。

 最も有名な肖像権侵害訴訟事件として、陝西省宝鶏市在住の費桂花という女性が1993年12月に起こした「秋菊事件」を取り上げなければならない。

 費さんは、日ごろ、顔に天然痘の痘痕が残り、容貌に引け目を感じていたが、有名な張芸謀氏が監督した『秋菊打官司』という映画で盗み撮りされた。映画『秋菊打官司』は、些細なことから村長と口論になった夫が股間を蹴られたため、怒った身重の妻 (鞏俐)が村長の謝罪を求めて、裁判に訴える物語だが、張芸謀監督は、本物の農民を登場させ、隠しカメラを使って、あくまでリアリズムを追求したのだった。

 「打官司」とは訴訟のことで、この映画は1993年に日本で『秋菊の物語』と題して上映された。

 この映画が上映されたため、費さんは近所の人々からからかわれただけでなく、自分の子供も学校でからかわれた。

 このため精神的被害を受けたとして、映画製作会社である北京電影学院青年撮影所を相手取って、権利侵害の停止、謝罪、慰謝料・経済損害の賠償を求めて提訴した。

 費さんは一審で敗訴したが、二審で、撮影所側と和解した。

 『民法通則』第100条は「市民は肖像権を享有する。本人の同意を経ずに、営利を目的として市民の肖像を使用することはできない」と規定している。

 この規定は、肖像権侵害の構成要件として二つのことを想定している。第一は、本人の同意を得ることなく、その肖像を使用すること、第二は、使用者が営利を目的とすること、と一般に解されている。

 そこで、すべての肖像権侵害訴訟では、この二つの構成要件を満たすかどうかをめぐって、原告・被告間で攻防が展開されるのである。

 「秋菊事件」の一審判決は、被告の撮影は合理的なもので、「形式的には違法を推定できる行為であっても、特別な事由が存在するため違法ではない」とする「違法性阻却事由」に該当するので、原告の同意は不要と判断した。

 「秋菊事件」の「違法性阻却」の可否をめぐっては、法廷内外で激しく議論されたが、さらに法曹界では、『憲法』第35条の「表現の自由」の位置づけの問題にまで発展し、表現の自由が他人の人権に優越するかどうかをめぐって大論争となった。

 その論争の結果はともかく、次の点に注意が必要である。

 それは、広告等に他人の肖像を使用するときは、肖像権者の口頭の承諾を得ただけではだめで、肖像権者と書面の契約を結ぶ必要があるという点だ。

 『広告法』第25条は、広告に他人の肖像を使用する場合、書面の契約を結ぶことが必要であると規定している。

 だが、日本の某大手通信会社の上海事務所は、この規定を知らずに、本人から口頭の承諾を得たとして、中国人女性職員の写真を広告に使用した。

 その結果、肖像権侵害で損害賠償を求める訴訟を起された。一審の上海市黄浦区人民法院は、日本の通信会社に対して、肖像権侵害の停止、5万元の賠償を命令する判決を下したのである。

 

 
 
鮑栄振
(ほう・えいしん)
北京市の金杜律師事務所の弁護士。1986年、日本の佐々木静子法律事務所で弁護士実務を研修、87年、東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。
 





 
 

 
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