(34)
日本貿易振興機構企画部事業推進主幹 江原 規由
 
 

中国経済の課題とソフトパワー


 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

「有喜有憂」

 今の中国経済の現状を一言でいうと、「有喜有憂」と表現できるでしょう。今年上半期、中国経済は、国内総生産(GDP)が10.9%成長し、実質世界一といえる高成長を維持しました。その一方で、GDPの高成長に大きく貢献している投資が過剰状況にあり、経済のバブル化が憂慮されています。2005年の固定資産投資は、前年比29.8%増でした。

 また、同じく高成長を支えている対外貿易で、貿易黒字が急増し、米国などからの大幅な人民元の切上げ圧力が昂じています。このほか、資源・エネルギー問題、環境問題、通商問題など、経済成長に伴なうコストも増えているなど、総じて中国経済の成長に伴う「痛み」が増してきているのも事実です。

 中国経済の国際化が進展する中、中国の「有喜」が世界の「有憂」にならないとも限らない状況も出つつあるようです。

中国の課題、世界の問題

 現在、中国経済は対外面で三つの大きな課題に直面しているといえます。即ち、貿易黒字の大幅増、人民元の切上げ圧力、そして国際的な原油価格の上昇です。これらは相互に関連しているところが少なくありません。

 貿易黒字についてですが、今年上半期には、前年同期比54.9%増(614億ドル)と急増、その結果、外貨準備額は、6月までの累積で9410億ドルと、日本を抜いて世界第一位になりました。

 この膨大な貿易黒字を背景に、人民元の切上げ圧力や、米国やEUなどとのアンチ・ダンピングなど貿易摩擦が多発しています。例えば、人民元の対ドル・レートは、昨年7月に2%ほど切上げられましたが、この一年間で3.5%ほど切り上がっています。それでも切上げ圧力はいっこうに減っていません。

 各国との貿易摩擦は42件と、昨年同期を上回り、世界最多となっています。また、原油の国際価格の上昇が続けば、石油の対外依存度が50%近い中国にとって、石油資源の確保を巡って各国・各地域との軋轢が増えないとも限りません。

 こうした状況に対し、中国では矢継ぎ早に対策が打たれています。例えば、エネルギー問題には、2006年から2010年までの第11次5カ年規画期のエネルギーの消費量を20%減とするなど、省エネの政策や措置が打ち出されました。また、大幅な貿易黒字を背景とした人民元レート問題には、輸入の拡大や「走出去」(中国企業の海外進出)などが提唱されています。

 こうした政策的措置を通じ、中国は国内産業構造を調整し(省エネ化、効率化、株式化など)、経済発展パターンを外需優先から内需重視に転換するなどで、経済的課題に対応しようとしています。

 世界には、中国の高成長に対し、脅威論や機会論など否定的、肯定的見方がありますが、経済の国際化が進展する中、中国経済が減速するとしたら、世界経済の発展に影響が出るのは避けられないでしょう。今日、「中国の課題は世界も共有している」という視点が求められているのではないでしょうか。

「過路財神」

上海の工業輸出港からは大量の工業製品が輸出されている

 「過路財神」という言葉があります。「通りすがりの福の神」「しばらく大金を預かっている人」という意味ですが、対外貿易の現状についてみると、膨大な黒字が発生しているといっても、中国が一人勝ちをしているのではないという意味が込められているといえます。

 中国の主要国・地域の輸出入状況(2005年)をみると、欧米(特に米国)に対しては大幅な黒字となっており、一方、日本、韓国、台湾、東南アジア諸国連合(ASEAN)など、東アジアや東南アジアにはおおむね赤字となっています。

 この内、対米貿易における膨大な黒字についてみると、中国に部品や中間財を輸出している東アジア各国・地域(注1)の黒字を、それを製品化(加工・組立て)して輸出している中国が代表して抱えるという貿易循環から発生しているという側面があります。

 また、中国の輸出の58%を占めている外資系企業も、中国の貿易黒字の拡大を担っているともいえるでしょう。

 中国は「過路財神」として、東アジアや外資系企業に「ビジネスチャンス」(国内市場の開放、輸出の機会)を提供しつつ経済発展しており、こうした「ウィン・ウィン」関係を維持するため、例えば、人民元の切上げには、その幅や時期を読み違えないよう、慎重にならざるを得ないわけです。

 中国は「世界の工場」と称せられていますが、これも「過路財神」の一例でしょう。世界の製造業の多くが中国での経済活動で収益を上げています(本誌8月号参照)。

等身大の中国理解に

 このところ、中国で「柔力量」(ソフトパワー)という言葉が目立つようになりました。

 「柔力量」とは、一般的には、「文化や政策・制度など『その国らしさ』で人々を引き付ける魅力」といった意味があります。具体的には、言語(中国語)、食文化、伝統、価値観、デザインなどを指しますが、世界が注目する北京オリンピックや上海万博も中国の「柔力量」を発揮する場として大いに期待できるでしょう。

 中国がさまざまな課題に直面しつつも持続的成長を遂げ、世界経済におけるプレゼンスを高め、「和平崛起」(注2)を実践し、経済の国際化を進めていくうえで、「柔力量」の発揮は極めて重要といえます。

 かつて、シルクロードは、「絹」の交易ルートだけでなく、中国と諸国との文化、価値観の交流ルートでもありました。こうした「柔力量」が中国製の「絹」を世界に広め、中国への理解と関心を大いに喚起する上で果たした役割は決して少なくないはずです。

 現在、「Made in China」は、世界の津々浦々で人々の便宜に供されています。各国・各地域、そしてそこに住む人々は、中国の製品、その経済力を通じて中国を理解していると言っても過言ではないでしょう。中国の「柔力量」が発揮されれば、等身大の中国への理解が進み、中国経済が抱える課題への共有意識が深まることになるのではないでしょうか。

 中国には、「柔力量」を大いに発揮し、中国経済の「有喜有憂」の現状を「双喜」の状況に近づけてもらいたいものです。

  注1 東アジアとは日本、中国、韓国など。1985年から2004年までの20年間、東アジア全体の貿易額は9.7倍となり、世界全体(4.8倍)の2倍の拡大をみた。東アジアの域内貿易比率は53.6%でNAFTA(北米自由貿易協定)の45.3%を上回っている。

  注2 中国の発展は世界経済に脅威ではなく、これに貢献することを意味している。


 
本社:中国北京西城区車公荘大街3号
人民中国インタ-ネット版に掲載された記事・写真の無断転載を禁じます。