知っておくと便利 法律あれこれ(22)    弁護士 鮑栄振
 
 
 
 
 
「今日、ビーフン食べた?」で紛争

 中国では、職場で従業員がインターネットを私的に使っているケースが多い。これを会社側が監視していて、これが紛争事件に発展した。それが初めて報道されたのは、2005年12月のことである。

 事件は昨年9月末に起きた。上海・浦東に設立された某外資銀行の中国人女性職員、莉沙さんは、昼食にビーフンを食べながら、インターネットで彼氏とこんなチャットをしていた。

 「国慶節の大型連休期間に何したい?」
 
 「莉沙さんと毎日ベッドにいたい」
 
 「ヤダァ。それとなく分からないように言えないの?」
 
 「言えない。言い方、教えて」
 
 「例えば、『ビーフン食べたい』と言ったらその合図にするとか」
 
 「ハハハ、それじゃ、七日連続してビーフンを食べたい」
 
 「お腹が張ってもいいの?」
 
 連休が明けて、出社した莉沙さんは、エレベーターで、IT部の職員3人といっしょになった。すると3人は、顔を見合わせてニヤニヤした。その中の一人が莉沙さんに「今日、ビーフン食べた?」とたずねる。すると、皆どっと笑った。
 
 最初はそれほど気にかけなかった莉沙さんだが、その後も職員の間で「今日ビーフン食べた?」「食べ過ぎたらお腹が張るのよ」などとからかわれて、やっとおかしいと気づき始めた。
 
 調べたところ、職場での従業員のインターネット使用は、会社側に監視されていることが判明した。莉沙さんは会社に強く抗議したが、会社側は、監視設備は試用段階で、本格的に開始したときは告知する、また、ビーフンの一件は、IT部の職員の漏洩によるという証拠はない、と言われた。
 
 これに憤慨した莉沙さんは、月給3万元の職を捨て、退職してしまった。
 
 この「ビーフン事件」が多くの新聞で報道されると、会社が従業員のインターネット使用を監視することがプライバシー権の侵害に該当するかどうか、それがホットな話題になった。
 
 新聞社の調査で、従業員のネット利用を監視する大手外資系企業が意外と多いことが分かった。その背景には、米国などの現行法では、仕事中のインターネット使用状況について、プライバシーを守るために従業員ができることはほとんどなく、米大企業の6、7割が、従業員の社外向けメールを監視するための要員を置いているか、置く予定であるという事情があった。
 
 職場のコンピューター・システムは雇用者の所有物で、雇用者にはすべてのインターネット活動を監視する権利があり、こうしたインターネット活動には、ブログへの投稿、およびすべての電子メールやインターネット上の送受信が含まれるという見解が、米国では通説になっている。
 
 日本においても、日本労働研究機構が2002年に調査したところ、インターネットの私的使用の防止対策を35.4%の企業が実施していることがわかった。
 
 中国では、一部のIT企業や銀行、大手外資系企業が、従業員のインターネット利用を監視するなどの防止対策を講じている。一部の日系企業も防止対策を検討している。この場合、従業員のプライバシー権侵害などの法的問題を引き起こす可能性がある。これを規定する法令がないだけでなく、裁判事例もなく、学説上も定説がないのが現状だ。
 
 しかし、従業員への予告や承諾をなしに、従業員のインターネット使用を監視する場合やWEB サイトによる伝送やMSN伝送の個人メール等を開封する場合などは、プライバシー権、通信自由権及び通信秘密権の侵害に該当するという見解が有力説となっている。
 
 そこで、従業員のインターネット等の私的使用に対する監視には、適切な措置が必要となってくる。会社の監視が、従業員のプライバシー権と衝突するのを避けるには、従業員のインターネットの私的使用に対する監視の実施について、従業員に周知徹底し、承諾を得ることが必要である。

 というのは、プライバシー権の侵害に該当するかどうかの判断は、原則として、本人の承諾があったかどうか、その手段や態様が社会公共利益や社会公徳に反していないか、という基準でなされると、されているからである。

 

 
 
鮑栄振
(ほう・えいしん)
北京市の金杜律師事務所の弁護士。1986年、日本の佐々木静子法律事務所で弁護士実務を研修、87年、東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。
 





 
 

 
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