(41)
日本貿易振興機構企画部事業推進主幹 江原 規由
 
 

日中貿易に影響する新たな要因


 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

 貿易は経済活動の最前線といえますが、このところ日中間の貿易関係に影響しそうな新たな視点が出てきました。これまでの日中貿易は、対中進出した日系企業を軸に展開していたといえます。極端な言い方をしますと、現在、対中進出している日系企業は約2万社ですから、この2万社のために日中経済関係が展開していたということになります。対中進出した日系企業向けに部品原材料を輸出し、そうした企業が生産した完成品を輸入してきたというのが、従来の日中貿易のパターンでした。

 昨年の日中貿易では、輸出では対中進出日系企業向けの電子部品、プラスチック(自動車関連)が増え、富裕層向けに日本車など高級製品の輸出が拡大したこと、一方、輸入では、中国に進出している欧米や韓国からの製品輸入(携帯電話など)が増え、繊維製品を中心に中国の地場OEM(相手先ブランドによる生産)メーカーへの発注が増えた点が特徴的でした。

 総じて、中国市場は拡大しており、中国で日系進出企業と競合関係にある外資系企業の製品が日本市場に入ってきている点などが、今後の日中経済関係を見る上で新たなポイントといえるでしょう。

 2006年に、日中貿易は初めて2000億ドルの大台を突破しましたが、日本の貿易総額における相手国シェアーでみると、中国は第2位です。第1位の米国との差がわずか0.2%までに縮まっており、2007年には、中国が米国を抜き日本にとって最大の貿易相手国になる可能性が高くなっています。

生産拠点から販売拠点へ

昨年10月、広州で百回目の広州交易会が開かれた

 日中貿易を展望する上で、現在進行中の中国の輸入促進策も新たな視点です。温家宝総理は、中国製品の輸出促進のための「中国輸出商品交易会」(通称は広州交易会、毎年4月と10月の2回開催)を、2007年10月の第101回から「中国輸出入商品交易会」と名称を変え、輸出に加え輸入促進の機会とすることを宣言しました。これにより、対中輸出を狙う海外企業の出展も可能となったわけです。

 このほか、関税率の引き下げ(2001年12月のWTO 加盟前の平均関税率15.3%から現在の9.9%へ)、外国製品の大口購入(例えば、最大の貿易黒字相手国である米国からはボーイング旅客機80機、発電設備、コンピューターソフト、移動通信設製品、自動車、農産品、電子部品など162億ドル相当を購入)などが、輸入促進策の具体的事例として指摘できます。

 目下、膨大な貿易黒字を抱える中国は、内需拡大策と第11次五カ年規画期間中(2006〜2010年)に、輸出入を基本的に均衡させる方針を打ち出しています。加えて、中産階級の出現や富裕層の拡大(注1)などから、中国で新規市場開拓の余地が急速に拡大しています。中国は、生産拠点としての魅力に加え、販売先としての魅力も急速に拡大しているといえます。今後、対中輸出では、進出日系企業向けに加え、中国市場向け製品および部品・原材料の輸出が増える可能性が高まっているといえます(注2)。

日中貿易は水平分業へ

 中国企業や対中進出した外資系企業の対日輸出、対日輸入が増えつつありますが、これも日中貿易の新たな視点でしょう。例えば、中国民営自動車企業は、自社ブランド車を輸出しております。中国製車は、日本にはまだ商業ベースでは輸出されていませんが、車に限らず、中国企業の技術水準、海外市場開拓の意欲は着実に向上しています。加えて、中国政府が中国ブランド製品の輸出や中国企業の海外展開を国家戦略として積極的に支援していることから、今後、高品質・高技術の中国製品の対日輸出が増え、日中間貿易は水平分業化してくると思います。

 昨年、ジェトロが青島で開催した「日中韓産業交流会」に参加した日本企業の多くが、「中国に進出している韓国系企業とのビジネスの可能性が出てきた」としていることなどから、今後、日本企業と対中進出した外資系企業とのビジネスも拡大するでしょう。中国での売り先や中国からの輸入製品に幅が出てきたことは、対中進出済み日系企業2万社以外にも、日中貿易に影響する新たな予備軍が出現しつつあるということです。

表1 2006年の日中貿易

 

金額(前年比)

主要品目

輸出入総額

 2,113.0億ドル(11.5%増)

 

輸出額

 928.8億ドル(21.3%増)

電子部品、鉄鋼、有機化合物、プラスチック、化学工学機器、自動車部分品

輸入額

 1,184.2億ドル(8.5%増)

衣類・同部品、事務用機器、科学光学機器、家具、半導体等電子部品、野菜

貿易収支

 △255.4億ドル

 

(出所:日本貿易振興機構)

「CHINA+1」はまだ脇役

 さて、日中貿易を左右する日本の対中投資(2006年)は、金額にして前年比29.6%減と大幅に落ち込みました。対中投資が一巡したなどの要因はあるものの、いよいよ「CHINA+1」の出現かと議論されたものでした。「CHINA+1」とは、中国の投資環境の変化や中国一極集中のリスク、ベトナムやインドなどの急成長によって、日本企業が中国以外の国・地域を投資先として選択しつつある、あるいは対中進出企業が中国から拠点の一部を移しつつある状況を指します。それが事実とすれば、日中貿易拡大への影響が避けられません。

 「CHINA+1」のケース(注3)が出てきていることは否定できませんが、現時点では、最適地生産、最適地分業の流れに沿ったもので、「CHINA+1」が日中貿易全体に影響する状況ではありません。

 むしろ、今後拡大が予想される日本の中小企業の海外展開の矛先が中国を向くか、あるいは中国が期待する省エネ、環境保護、サービス産業のアウトソーシングなどの分野での連携強化に日本企業がどのような対応をとるのかが、日本の今後の対中投資の趨勢を決める一大要因であり、同時に中国企業の対日展開を日本がどう受けていくのかなどが、日中貿易の今後に大きく関係しつつあるといえます。

 今の米国市場に匹敵するほどの可能性を秘めた膨大な市場を有する中国は、投資先としても、貿易相手先としても、その魅力を減じることはないでしょう。日本の対中貿易は量的拡大を維持していくとみられますが、そのためには、中国企業は言うに及ばず、在中外資系企業と競合しつつ連携をも図るといった複眼的な視点が求められてくるでしょう。


 注1 目下、中国は高級品・ブランドの売れ行きで世界第2位の市場となっている。また、中国には新社会階層(技術者、民営企業等経営者、自由業、外資系企業に働く管理・技術者など)が約5000万人いるとされ、こうした高所得者の消費が、輸入高級品の拡大につながる可能性がある。

 注2 教育、娯楽・レジャー、福祉関連などのサービス業や女性、子供、ペット関連製品などの新興市場が拡大している。

 注3 例えば、日本の家電大手は、重症急性呼吸器症候群(SARS)で新規中国事業を一時凍結、中国のみで生産していた製品の一部をタイで生産する予定。


 
本社:中国北京西城区車公荘大街3号
人民中国インタ-ネット版に掲載された記事・写真の無断転載を禁じます。