広がれ、中国美術の輪

中川美術館館長 中川 健造

  古代中国の風土や社会を背景に、人々の生活を詠った最古の詩歌集である『詩経』の中に、こういう一節がある。

 伐木丁丁 鳥鳴嚶嚶  
(木を伐ること丁々たり 鳥鳴くこと嚶嚶たり)
 出自幽谷 遷于喬木  
(幽谷より出でて 喬木に遷る)
 嚶其鳴矣 求其友声  
(嚶としてそれ鳴く その友を求むる声あり)
(『小雅・伐木』 白川静訳)

 『戯藻』 呉作人  1978年
  (57.5cm×52cm) 

 『舎営風景』  羅爾純 1987年 
  (110cm×75cm)
 『太古のこだま』 ケ林 
1991年 (68cm×67cm)

小さな囀りが友を呼ぶ

 今年は日中国交正常化の35周年にあたり、私の中川美術館も開設19年目を迎えた。長年にわたって私は、中国美術の素晴らしさを説いてきたが、その小さな囀りに応えて、日本で多くの共鳴者を得たことを、私はうれしく思っている。

 日本の美術館の多くは、西洋絵画のみが展示され、中国の絵画はほとんど無視されている。私は1960年代から中国絵画の素晴らしさに気付き、こつこつと蒐集してきた。

 そして1985年秋、私の住む広島県福山市の福山城博物館で、本格的な現代中国絵画86作品を展示した作品展を開催した。これが大きな反響を呼び、これがきっかけとなって、日本国内で現代中国絵画が注目されるようになった。

 それを知った中国美術家協会の呉作人主席(当時)から、「中国美術を日本に紹介するために、ぜひ美術館を開館してほしい」と要請された。そこで私は、1989年4月、中国美術の専門美術館である中川美術館を、福山市にオープンしたのである。美術館の規模は小さかったが、多くの中国美術ファンに満足していただける内容のものとなった。呉作人主席は「中川美術館」と命名し、揮毫された。

 『誕生』  
 葛鵬仁 1980年    (136cm×124cm) 

 『曖々として天空に入る』 
 郭宝君 1991年
 ( 115cm×115cm)
 『井岡雲海』  
 古元 1997年   (33cm×48cm) 

無名な画家を紹介する

 まだ無名の中国の画家の作品を、日本に紹介するのも、中川美術館の役割の一つである。

 1989年秋、ケ小平氏の長女のケ林女史の名作展が中川美術館で開催された。彼女の大胆な筆遣いに、日本の中国美術ファンは大きな拍手を送った。その後、ケ林女史は中国画壇で活躍し、2002年には、日中国交正常化30周年の記念切手に、中川美術館収蔵の彼女の作品が選ばれ、あっという間に売り切れてしまった。

 このように、中川美術館で個展を開催したときは無名の画家だったが、それをきっかけに中国の画壇で大活躍を始めるケースも多い。いまや中国画家の登竜門として、注目されるまでになった。

 1997年5月には、日中国交正常化25周年を記念して、北京の中国美術館で、「中川美術館収蔵・中国絵画里帰り展」が開催された。これは大きな反響を呼び、日本からも多くの参観者があった。

 『大漁』 王兆中  
 1994年 (162cm×129cm)

 『語らう少女』 李小文
 1990年 (72cm×70cm) 
 『花を摘む少女』  
 姚有多  1985年     (69cm×52cm) 

2200点を収蔵

 現在、中川美術館に収蔵されているのは、現代中国絵画(油絵、中国画)、中国の版画、書道作品、陶磁器、硯(端渓硯や歙州硯)など、約2200点である。展示作品は、3カ月単位で掛け替えられる。

 収蔵品の中から代表的な中国の絵画を紹介しよう。


 
本社:中国北京西城区車公荘大街3号
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