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ジェトロ北京センター所長 江原 規由
 
 

車社会の到来と中国経済

 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

 今、中国でマイカーを運転すると、燃料代を含めて一年間でどのくらいの維持費がかかると思いますか。ざっと2万元(26万円)という試算(注1)があります。この額は、人民一人あたりのGDPのほぼ2倍に相当しますから、かなり大きな出費となるわけです。

 それでも、車は最大の売行きの商品であることに変わりはありません。4月には、上海と新疆ウイグル自治区の区都ウルムチで、モーターショーが大々的に開催され、マイカー需要は拡大の方向にあります。

 目下、北京では、100人に11人がマイカーを所有(注2)しているといわれます。マイカー出勤がステータス・シンボルとなっていることから、朝夕は決まって交通渋滞が発生しています。かつては北京の名物は、出勤退勤時の自転車群でしたが、今はマイカーラッシュといってもよいでしょう。

世界の車のショーウインドー

 世界一高い経済成長を遂げている中国では、将来どのような社会が構築されるのでしょうか。本誌でもすでに紹介しましたが、中国政府は「小康社会」や「和諧社会」(注3)の実現を目指すとしております。それを人民の生活感覚でいえば、「車社会の到来」といってよいでしょう。

 マイカーは、「3種の神器」の一つとなっていますが、最近、値引き競争が激化し、中高級車で2万元から4万元も値引きするので、高嶺の花ではなくなっています(注4)。中国の大都市では、ありとあらゆる世界の車が往来しており、北京の長安街などは、「世界の車のショーウインドー」といっても差し支えがないほどです。

 2005年は、中国の自動車市場に高級車、エコノミーカー合せて70車種以上(注5)の新車が投入される見込みですが、そのほとんどが外国メーカーとの合弁企業による「メード イン チャイナ」です。今や、世界の大手自動車メーカーで中国に進出していない企業はなく、中国は「世界の自動車工場」(注6)といっても過言ではありません。今年には、中国が世界第3位の自動車生産大国になる可能性すら指摘されています。

 こうした合弁会社製の車を中国で生産し、中国市場で売るというのが各社の戦略ですが、国産メーカーの「奇瑞」などは、2007年までに米国市場で25万台販売する予定を立てています。いずれ合弁企業の「メード イン チャイナ」の車が、世界市場を席巻する日が来るかもしれません(注7)。

高速道路網が支える車社会

 

 では、車社会の到来で、中国経済と人々の生活にどんな影響が出るのでしょうか。

 先日、筆者が、北京から5、6十キロ離れた廊坊市で、北京に帰る列車を待っていた時、タクシー・ドライバーから「他の客と乗合いだが、北京まで乗らないか」といわれました。このドライバー氏は、北京から客を廊坊まで送って、帰るところでした。筆者は乗るのは遠慮しましたが、客引き行為の良し悪しは別として、こうしたドライバー氏の存在は、中国で遠距離にタクシーを使う乗客が増えていることを示しています。これは最近、急速に整備されつつある高速道路網とも関連があるのでしょう。

 車社会の到来は、高速道路網の発展と不可分です。2003年に中国の高速道路網は、総延長距離2万9700キロで、米国に次ぎ世界第2位となりましたが、今後30年をかけて総延長距離8万5000キロの高速道路網を完成させ、都市部人口20万以上のすべての都市を結ぶ計画です。

 一般の道路網も整備され、中国各地で新しい生活空間やビジネスが生まれ、経済効果が高まると期待できます。例えば、レンターカービジネスです。観光もビジネスも、レンタカーで行くという状況が増えてくるのではないでしょうか。北京で車をレンタルし、西安で乗り捨てるといった時代が到来するわけです。

 特に観光は、2004年に中国国内の旅行者が初めて10億人を突破し、また中国を訪れた海外からの旅行者も初めて1億人に達しています。こうした内外の旅行客は、レンタカー利用の予備軍といってよいでしょう。時刻表に制約されることなしに、中国各地で車をレンタルし、自由に旅する時代が来つつあるということでしょう。

 マイカー所有者が今後急増する状況では、1年に3回ある一週間の大型連休(注8)には、中国でも日本のように、高速道路渋滞情報が出されるようになるかもしれません。中国で生産された好きなタイプの車を買ったり借りたりして、中国各地にビジネスに出かけ、また観光する。こうした車社会の到来は、中国各地をますます近くし、人々の視野を広め、新たな価値観を生み、経済社会を変える力となるのではないでしょうか。

待たれる諸問題の解決

 その一方で、車社会の到来は、社会の発展に問題を投げかけているのも事実です。中国は世界第2の石油消費国で、年々原油の輸入量が増えております。現在、ガソリンなどの消費の3分の1強が自動車による消費とされており、これが2010年には3分の2に達すると見込まれています。このままでは、成長のシンボルと見られる車社会の到来は、中国の長期的課題である資源・エネルギー問題や環境問題をいっそう深刻にしかねない状況もあるのです。

 また、最近やや減りつつありますが、毎年、交通事故で10万に近い尊い人命が失われています。さらに、都市部の交通渋滞は大気汚染を助長し、駐車場不足は迷惑駐車や時間の無駄を生んでいるなど、車は社会の発展にとって「快適で迷惑」「便利で不便」な存在にもなりかねない局面が出現しつつあるのも事実です。

 こうした車社会に内在した経済的、人的損失を最小限に抑えるため、中国政府は、新たな道路交通法を実施し、厳しい交通規則を課し、人命重視の姿勢を鮮明にしています。また北京市では大気保護のため、駐車料金を引き上げる方針です。自動車メーカーも排気量の少ない車種、エタノールなど混合燃料車種やハイブリッドカー、ハイブリッドバスの走行・開発(注9)にも本腰を入れるなど、来るべき車社会に向けた資源・エネルギー、環境問題への対策を講じています。

 こうしてみると、中国の車社会の到来は、人民生活の向上と産業の発展、そして世界経済の発展に大きく関わっているといえるのではないでしょうか。

 注1 『中国証券報』2005年4月9日付け。 内訳は、燃料5200元、保険3145元、駐車代3948元、修理代4500元、洗車・ワックス代など996元、交通違反247元、税金1520元、その他費用352元。参考までに一般的に使われているガソリン(93号)の小売価格は一リットル3.63元で、原油の国際価格の値上がりで今年値上げされた。

 注2 2004年末の北京の自家用車保有台数129万8000台。常住人口の9%、戸籍人口の11%がマイカーを所有している。

 注3 本誌2005年5月号「和諧社会」参照。

 注4 2004年のマイカーの平均価格は、北京で13万9000元、上海で22万元、広州で19万元。

 注5 例えば、ベンツ、キャデラック、クラウン、新型アウディー、新型BMWなど。

 注6 2004年の自動車生産は初めて500万台を突破、うち乗用車生産台数は231万6300台、同販売台数232万6500台。

 注7 中国の上海汽車集団は、韓国の自動車メーカーである双竜を、また実現には至らなかったが英国唯一の自動車メーカーのMGローバーを買収するなど、世界戦略を展開している。

 注8 1月か2月の春節(旧正月)、5月のメーデー、10月の国慶節。

 注9 本誌2005年2月号「アルコールを飲む中国の自動車」参照。(2005年7月号より)



  本社:中国北京西城区車公荘大街3号
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