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日本貿易振興機構企画部事業推進主幹 江原 規由
 
 

全人代の「目線」と中国経済の「目線」


 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

  日本でいえば国会に当たる第10期全国人民代表大会(全人代)第4回全体会議が閉幕しました。今年の全人代は、「目線」が実に広角でした。

  温家宝総理は『政府活動報告』で「新農村建設」を重大な歴史的任務としました。インフラ建設を農村に重点傾斜すること、また2600年間も続いてきたという農業税を廃止することなど、弱者の立場にある「農業、農村、農民」の「三農」に、広範かつ実質的配慮が払われました。

  「三農」だけでなく、今回ほど弱者の立場に立脚した『政府活動報告』は、これまでなかったといえるでしょう。

  このほか、資源節約、環境保護、地域格差是正(地域協調発展)など成長至上主義が生んだ「矛盾」に挑戦する姿勢や、外需主導から内需主導の経済発展パターンの転換を求める姿勢が表明されています。「目線」が拡がるということは、これまで見えなかったところ、見てこなかったところをしっかり見ようという姿勢でしょう。

「人」と「環境」を見すえる

 『政府活動報告』では、前年の実績と今年の目標が発表されますが、今年は第11次5カ年規画(2006年〜2010年)も報告されました。報告を一言でまとめるとすれば、「人」と「環境」にやさしい経済・社会を構築し、党と政府が人民に公約している「以人為本」(人間本位)と「和諧社会」(調和のとれた社会)を実現していくこととなります。「目線」は、「人民」と「環境」を見すえているということでしょう。

 余談ですが、世界における中国経済のプレゼンス(2005年のGDPは世界第4位)が向上する中、中国に対する世界の「目線」は逆に、中国の問題ばかりをクローズアップしています。人民元切り上げ圧力やら中国企業の対外展開に対する警戒心などがよい例でしょう。

 これに対して中国政府は、中国の経済成長は世界に貢献するという「和平崛起」(平和的勃興)を標榜しています。第11次5カ年規画で省エネや環境対策に重点が置かれているのは、中国の「目線」が、身の丈に合った義務を世界で果していこうという方向を見すえているということでしょう。その姿勢で、さらに対外開放を拡大していこう、特に、条件のある中国企業の海外展開を積極化していこうとしています。

「作る」から「買う」へ

 さて、中国が目指す経済社会の1つの到達点は、2020年までに実現しようとしている「小康社会」(いくらかゆとりのある社会)の建設にあります。これを目指す全人代の報告を聞き、また近年の中国経済・社会の発展や矛盾を見て感じたのは、今後中国経済を牽引し、小康社会を建設する主役は、これまで弱者の立場に置かれることの多かった女性ではないかということです。

 今年の全人代の「目線」が、ことさら女性に向いたというつもりはありませんが、会期中に3月8日の「国際婦人デー」が重なったこともあって、女性のプレセンスを必要とする時代を見すえているように感じました。

 「小康社会」の実現には、持続的経済成長(今後15年間、GDPの成長率を年平均7.2%程度にすること)が不可欠とされています。その柱は内需、とくに消費の拡大による成長です。中国の1人当りGDPは1700ドル超(2005年)となり、「作って売る」(生産中心)から「作ったものを買う」(消費主導)ことで成長していく時代に入ったわけです。ショッピングは女性の方が得意でしょう。

 ある雑誌が2005年に大いに儲けた業種10傑を発表しました。すなわち、医薬業界、葬式業、メガネ業界、美容産業、動物病院、健康食品業界、不動産業、図書出版業、電信業界、各種学校ということです。

 このうち、美容産業、健康食品業界の2業種が女性と直接関連する業界といってよいわけですが、私がこの10傑から思い浮かぶのは、ダイエットをし、美容院で美しさを磨くだけでなく、さらにファッションメガネをかけ、高価なペットを連れ、快適なマンションに住み(購入時の発言権は女性上位と聞く)、専門学校で高給や社会的飛躍を求めて能力を身につける女性像です。

主役は女性の時代に

 消費だけではなく、モノづくり、サービスの提供においても、中国の経済・社会で女性の果す役割や貢献は増えてくるでしょう。昨年9月、日本から「女性経営者ミッション」が訪中し、北京、上海で中国の政財界や企業経営者と交流しました。これは日本各地から女性経営者のみが参加したという点で、初のミッションです。そして女性経営者は、中国の女性たちが中国経済をエネルギッシュに支えている姿に大いに共感したとのことです。中国の生産現場をみると、女性の多さに驚かされます。中国の経済成長を生産現場で支えてきたのは、紛れもなく女性です。

活躍する女性たち

 中国経済の国際化という視点で見るとどうでしょうか。最近、「世界の成長センター」として、東アジア(日本、中国、韓国、ASEAN10カ国)が国際的な注目を集めています。このことは女性の活躍と無縁ではないでしょう。

 インドネシア、フィリピンは、トップリーダーが女性ですし、中国では多くの素晴らしい女性指導者が政財界で活躍しています。

 中国は、FTA(自由貿易協定)の締結などで、東アジア経済との連携の面で大いに先行しています。東アジアで中国がリーダーシップを発揮するには、中国女性の活躍が大いに求められているということでしょう。(2006年5月号より)

温家宝総理の『政府活動報告』の主要経済実績・目標

2005年実績
2006年計画
第11次5カ年規画
GDP:9.9%
都市登記失業率:4.2%
都市部新規就業者:970万人
消費者物価指数:1.8%
輸出入総額:23.2%増
直接投資額(実行):前年並み
外貨準備額:世界第2位
GDP:8%程度
都市登記失業率:4.6%以内
都市部新規就業者:900万人
消費者物価指数:3%
輸出入総額:15%増
単位当たりエネルギー消費:−4%前後
GDP:年平均7.5%
主要汚染物排出総量:10%減
単位当たりエネルギー消費:−20%
都市登記失業率:5.0%以内
都市化率:47%
5年間都市部新規就業者:4500万人
2010年人口:13億6000万人

 
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