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日本貿易振興機構企画部事業推進主幹 江原 規由
 
 

政冷経熱から「戦略互恵」関係へ


 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

 日中関係は21世紀に入ると、「政冷経熱」のやや冷めた関係になりました。しかし今、「戦略互恵」(注1)の関係が構築されようとしています。この四文字の言葉は、安倍首相が2006年10月、日本の首相としては5年ぶりに中国を訪問した際、記者発表の中に盛られたもので、日中関係が新たな次元に引上げられつつあることを物語っているといえます。

 北京駐在時代、よく潘家園の骨董市場に出かけました。この広大なマーケットには、顔見知りの店主が多いのですが、安倍首相の訪中の直後に、ここを訪れた時のことです。

 いきなり肩をポンとたたかれ、「次の首相は靖国神社に行かないよな」と聞かれたのです。また別の店では「日本と中国は、祖先は同じだ」と声をかけられました。日中関係への見方が、中国の社会ではすでに変わりつつある、その兆候を実感しました。

カギは中国企業の対日展開

 「互恵」とは「Win Win」の関係ですが、その現実を、最近の経済交流の視点から見てみましょう。

 まず貿易関係について。日本は1993年から2003年まで中国にとって最大の貿易相手国でしたが、2006年は米国、EUに次いで第3位(注2)でした。一方、日本にとって中国は第2位(注3)の貿易相手国や地域となっています。

 日本からの投資は、2006年は、2002年以来となる前年比減(注4)となりました。中国にとって香港、バージン諸島に次ぐ第3位の投資受入相手国・地域となったのです。日本のシェアは実行ベースで7.3%です。

 前年比減の背景には、日本企業の対中投資が一巡したこと、中国の投資環境の変化(賃金高など)、人民元高などがあると指摘されています。

 日本企業が対中進出し、その関連物品の輸出入(注5)が増えるという「生産面での補完関係」が構築されているという点で、両国にはすでに「互恵」関係が形成されているといえます。

 日本の対中投資は踊り場に入ったといわれますが、そうなれば、両国の互恵関係の維持・発展のカギを握るのは、中国企業の対日展開といえるでしょう。

 最近では中国の大手の外食チェーンが東京・渋谷に一号店を出店したり、大手の太陽電池メーカーが日本の大手の同業者をM&Aしたり、江蘇省の機械製造企業が日本の廃棄物処理会社と合弁でプラスチックの再生工場を建設したり、こうしたニュースが話題になっています。

 商務部によると、2006年1月〜10月の中国企業の対日投資(協議ベース)は1219万ドル(同年10月までの累計は1億8000万ドル)と、日本企業の対中投資に比べると金額こそ少ないものの、発展の余地は大きいといえます。

内容豊富な中国ミッション

『無錫旅情』で有名になった無錫市は発展を続けている

 昨年来、中国の訪日ミッションが増えています。筆者は今年1月から2月初めの1カ月間に無錫市、吉林市、蘇州市、商務部、山東省、天津市などからのミッションに対応しました。訪日目的も実に多様になりました。

 無錫市からのミッションは、演歌『無錫旅情』20周年記念のために来日し、千人以上の出席者を前に、無錫市との新たなビジネスの可能性をアピールしました。歌謡曲で無錫市を紹介し、日本企業の誘致に結び付けようと『無錫旅情』を誕生させたとのことでしたが、当時流行していた日本の「御当地ソング」の効用をとらえるとは、実に先見の明があったと感心しました。

 商務部からのミッションは、今年4月末、河南省の鄭州で開催予定の第2回「中部投資貿易博覧会」(注6)の紹介が主目的ですが、これにあわせて開催される「国際アニメ漫画展」で、アニメ先進国である日本とビジネス交流のチャンスを開拓したいと強調していました。

 山東省のミッションは、省エネ・環境保護関連セミナーを日本で開催し、省エネ・環境保護に力を入れるこの省の魅力を紹介し、各種交流の拡大に結び付けたいとのことでした。

 これまで訪日ミッションは日本企業の誘致を主目的としていましたが、最近の企業誘致では、中小企業への関心が高まってきています。また対日進出やアニメや省エネ・環境関連など新しい分野での交流、地方間交流、観光促進、青年企業家交流などに積極的です。

 日本では、すでに進出した中国以外に、ベトナム、インドなどアジアの新興諸国・地域・市場への進出をはかる「CHINA+1」を目指す企業が目立つようになって来たのは事実です。しかし金融、サービスなどの新規市場の開放、M&A環境の整備、中国の内需拡大方針、そして何といっても経済の高成長性とその国際化の進展、科学発展観に基づく循環型経済、節約型社会の建設などの新たな成長モデルの構築で、中国が今後も、比較優位性を維持すると期待されます。

「戦略互恵」関係とは

 昨年5月に訪日した薄熙来商務部長(大臣)は、「日中省エネルギー・環境総合フォーラム」で、「中日経済協力は全方位であり、省エネ、環境保護分野での協力関係の構築はその重要な柱である」と力説しました。

 日中関係はすでに多くの分野で「互恵」関係を築いていますが、これを「戦略互恵」関係として定着させるには、貿易や投資の相互促進に加え、両国の将来的課題を見据えた交流を発展させる必要があるでしょう。薄熙来部長が指摘した省エネや環境保全技術分野での協力は、中国が取り組んでいる循環型経済、節約型社会の建設を推進し、その過程で日本経済をも資することになるでしょう。

 高齢化問題もあります。日本は少子高齢化が急速に進んでおり、中国は世界最大の高齢人口を抱えています。高齢化に伴って起こる労働力不足や社会保障の拡充など、長期的対応が求められる問題でも、日中は相互補完の関係を発揮できるでしょう。

 例えば、専門技術や知識を有する豊富な「団塊の世代」が、中国で能力を発揮できる環境と制度をつくることができないか、また日本は過疎、中国は過剰という対照的な人口構成である農業分野で、両国は交流できないか、などと指摘する人は少なくありません。

 今年は「日中文化スポーツ交流年」です。交流の基礎は相互理解にあるといわれます。文化、スポーツ、観光を通じて、とくに両国の将来を担う青少年の交流がさらに増えることが期待されています。

 また、世界の成長センターであり、地域的な経済連携が進む東アジアの経済発展を日中両国がともに支えていくという共通意識や「競争より協調」という姿勢を醸成することも、「戦略互恵」関係の発展に不可欠でしょう。

 昨年12月には、第一回日中共同歴史研究が始まりました。「戦略互恵」関係の構築に向けた大きな一歩が記されたわけです。

 今年は、607年に日本から遣隋使が隋に行ってから1400年目に当たります。それ以来、日本は、中国から文化やさまざまな制度を受け入れてきました。そして4月には、温家宝総理が来訪します。将来を見据えた「戦略互恵」関係の構築に向け大きな一歩が記されることになるでしょう。

 
 注1 「戦略互恵」の戦略の解釈は、包括的、長期的、安定的ということ。

 注2 貿易額は初めて2000億ドルを突破(前年比12.5%増の2073億6000万ドル、中国の貿易総額に占める比率は11.8%)し、日中貿易史上最高額となった。

 注3 日本の輸出全体に占める対中輸出の比率では第2位、同対中輸入では第1位。

 注4 29.6%減の46億ドル。累計では、中国にとって日本は第2位の投資受入相手国。

 注5 対中輸出は進出企業向け電気・機械関連部材など、対中輸入は機械・繊維製品など。

 注6 中部とは山西省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省、河南省の6省。ここは中華文明を育んだ中原の地でもある。(2007年4月号より)


 
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