雲南省文山チワン族ミャオ族自治州白ラ人・蕎菜節
  
先祖と交わる原始の銅鼓

文・写真 歩鉄力 

 


白ラ人の「仮面舞」は、邪気払いの演劇
よりも古い。仮面は人や動物の形をして
いることが多く、自然崇拝を現している
 

 中国南西の辺境、雲南省の文山チワン族ミャオ族自治州は、長く交通が未発達で、訪れる人はほとんどいなかった。そのため、少数民族のいままで知られていなかった風俗習慣が幸運にも保存されていて、ため息が出るほどの民俗遺産の宝庫となっている。  

    ラッパの音が山に響き渡
    り、音を聞きつけた人が
    お祭りに駆けつける

 麻栗坡県新寨村と城寨村のイー族の支族である白ラ人は、その典型的な一例だ。イー族は、中国で人口が比較的多い少数民族の一つで、歴史と地域環境などの要因によって、支族は細かく分かれ、族称は複雑になった。不完全なデータだが、イー族は現在、30以上の支族に分かれ、白ラ人はその一支族に数えられている。

 新寨と城寨の二つの村には、合わせて九百八十六人が生活している。白ラ人は、独自の言語は持つが文字文化はなく、他民族と結婚しないため、生活風習に多くの原始的面影が残っていて、中国でも非常に特徴的な民族支族のひとつだ。

 雲南省の省都・昆明市から、車でテン南道路を南下すること四百五十キロ、夕方、文山チワン族ミャオ族自治州の州政府所在地に到着した。翌日、さらに山道を一日進み、ようやく麻栗坡県の城寨村にたどり着いた。

白ラ人の村では、いまでも手
作業での精米を行っている
白ラ人の服はすべて、女性
が手織りからはじめ、ひと
針ひと針縫い上げた手作り

 山険しく、ひどい道の連続だったため、車は上下にはげしく揺れた。その上、雨季だったため、たびたび山の上から落石があって、移動には大きな危険がともなった。案内役が言うには、数年前は車が通れる道はなく、村への出入りは、何日も掛けて歩くしかなかったそうだ。私は、車窓から連綿と続く山並みを見て、この山こそが、長い間文明を隔離し、白ラ人に現代文明への憧れを抱かせなかったのかと思うと、思わずため息が出た。太陽が山影に沈み、あたりはさらに静かになった。闇が訪れ、私たちはさらに動きにくくなった。城寨村に着いたのは夜更けだったため、村はすでに静まりかえっていたが、案内役の計らいで白ラ人と対面して温かい歓迎を受け、夜遅かったにも関わらず村のいろいろなことを聞かせてもらった。

白ラ人は、大きな銅鼓をオス、小さな銅鼓をメスとみなしている。言い伝えでは、大きな銅鼓が「逃げ出す」のを防ぐため、小さな銅鼓をあてがったとのことで、すべての銅鼓が「つがい」になっている

 白ラ人は、自らの祝日と各種のお祭りを非常に重んじている。特に盛り上がるのは蕎菜節である。彼らは蕎年とも呼んでいて、旧正月と同様に重視している。先祖の霊を祭り、神様と人が一緒になって楽しむお祭りだ。

 この村には、こんな伝説が残っている。大昔、大火災が発生し、家屋、家具、農具、食べ物など、何から何までが燃え尽きてしまった。村人は悲嘆にくれ、どうすることもできないでいたが、ある人が、焼け跡にお碗が一つ下向きで落ちているのを見つけた。何気なくひっくり返してみると、そこにはひと山の蕎菜の種があった。そこで蕎菜を大切に育てたところ、以後、ちょうど蓄えがなくなる四月に収穫できるようになった。白ルタ人は、彼らに希望をもたらしてくれた蕎菜に感謝し、毎年旧暦四月の最初の辰の日に、蕎菜節を開くようになった。

 お祭りの日には、誰もが手作りの民族衣装を着て、村をあげてお祝いする。空に響き渡る銅鼓の音、高らかに響く山歌。若い女性たちは楽しそうに踊り、山全体が喜びに包まれる。

銅鼓は、白ラ人の神器。銅
鼓には悠久の歴史があり、
各種の祝日やお祭りでは、
まず「銅鼓の舞」を踊る。
オンドリをつぶし、骨を
取り出し、吉凶を占う。

 私たちは、夜中に到着したため、まだ城寨村の全体像はつかめていなかった。すがすがしい朝、緑あふれるすばらしい風景が目の前に現れた。村は、うっそうとした森の中にあり、三々五々群れを成して、古風で質素な民族衣装を身にまとった女性や子供たちがあちこちを歩き回っている。この村で私が最初に注目したのは、簡素で素朴な、まるで原始時代のような建築物だった。それは高床式の木造二階建て構造で、このような住宅は、雲南省の多くの民族に見られる建築様式だ。しかし白ラ人の建築様式は、高床式のダイ族の竹楼とは違う。建築材料は木材で、継ぎ合わせがない切り出したままの木を柱とし、屋根は瓦ぶき、人は二階に住み、一階で家畜を飼育するという、非常に特徴的な風格がある。さらに不思議なのは、ノコギリ、ノミ、カンナなどの工具を一切使わずに建物を建てていること。なんと、斧だけで作り上げられている。

新寨村の人が、牛をひき、銅鼓
をかつぎ、城寨村に到着した。

 城寨村での数日間に、私たちは幸運にも、原始的で神秘的なお祭りを見ることができた。

 お祭りのすべては、村の長老によって執り行われる。お祭りが始まる前にはまず、神聖な銅鼓を取り出す儀式が行われる。銅鼓は、白ラ人を含むイー族のお祭り用神器で、イー族が生活する地区では、各村に必ず先祖伝来の銅鼓がある。城寨村の銅鼓は、記録によればすでに数百年の歴史がある。村人は普段、そんな代々受け継がれてきた銅鼓を人目につかない穀物倉庫にしまうか、地中深くに埋めている。そしてお祭りの時に、お香をたいてお酒を供え、神聖なものとみなしている村の銅鼓にお出まし頂くことになる。

白ラの女性は、小さな頃から踊
りを学び、重要なお祭りがある
たびに、軽快なリズムに乗って
伝統的な花姑娘舞を踊る
山の斜面でお祭りを
見学する老人や子供

 銅鼓は、若者によって、村の入り口にある木のところまで運ばれ、二本の木の間にぶら下げられる。そして、村の長老がニワトリをつぶし、骨で吉凶を占う。白ラ人が「ニワトリの骨占い」をする際には、まず、オンドリをつぶして肋骨二本を取り出し、肋骨の小さな穴に竹ぐしを差し込む。私たちが訪れたその日、占いで大吉と出たから大変! 村の長老の表情はパッと明るくなり、男たちは大きく腕を振りながら力を込めて銅鼓を叩き、巨大な音を響かせた。若い女性たちも、うきうきとリズムを踏みながら、優美な「花姑娘舞」を踊った。

 「花姑娘舞」は白ラ人の
 お祭り舞踏。かわいらし
 く、善良なある女の子を
 記念して踏襲されてきた
 と言われている

 この時、新寨村の人たちも、歌い踊りながら、この盛大なお祭りに駆けつけた。先頭の人は、一頭の立派な牛をひいていて、左右には仮面をつけて踊っている女性が従っていた。白ラ人の仮面舞踏は、他の民族の邪気払い演劇以上に原始的で長い伝統がある。彼らが崇拝しているのは自然であり、仮面の形は、人と動物が多い。仮面はポプラとヤナギで作られていて、人の顔よりも大きい。仮面一つひとつに名前があり、それ自体が神聖なる神とみなされている。踊りの列が城寨村に到着すると、城寨と新寨の両村の長老は、互いに米酒を勧めあった。そして、城寨村の長老が牛を殺すための斧を屠殺者に手渡した。と同時に、人々はラッパを吹き鳴らし、力強い銅鼓の打撃音とともに、牛を屠殺し先祖を祭る儀式が始まった。儀式が終わると、牛肉は各戸にひとかけらずつ配られた。

   
  白ラ人の服や装飾物は、古風で質素ながら鮮やかな美しさがある。美しい飾り物や男性用の帽子などは、すべて彼女たちの手作り  

 さあ、お祭りが正式に始まった。数百人の老若男女は、森林の中にある広場に集まった。短時間のうちに、そこは、色とりどりのきらびやかな衣装を身につけた人たちでごった返し、心地良い銀の飾り物の擦れ合う音が響き、熱気が充満した。スピードのアップダウンが激しく、はっきりとしたリズムの銅鼓の音に合わせ、人々は全身でリズムを取り、踊りに陶酔しきっていた。神聖な銅鼓の音を聞きながら、彼らは先祖からの訓示に耳を傾け、部族の悠久の歴史に思いを馳せ、自分たちの先祖に対する無限の崇敬の念を体現した。(2002年1月号より)