【お祭り賛歌】


青海省湟中県・チベット仏教の縁日
蒼天に酥油の香り漂う

             写真・文 狄祥華


「酥油花」の最終仕上げ

 夜が明けると、雪化粧したタール寺は、まるで、きらびやかなイブニング・ドレスをまとったように美しく、さらに神秘的に見えた。

お寺のいたるところにお祭りの「盛装」がほどこされた

 青海省湟中県魯沙爾鎮は、青海・チベット高原にある人口5000人に満たない辺境の鎮だが、毎年数多くの巡礼者と国内外の観光客が訪れる。国内外にその名を知られたタール寺があるからだ。特に旧暦1月には、境内で十数日間、盛大な宗教イベントが開かれ、僧侶も庶民も一緒になって一年の幸せを祈る。

お祭りの期間中、経堂の中の明かりが星のように輝く

 このタール寺の正月のお祭りは、チベット仏教の有名な指導者だったツォンカパが、明の永楽7年(西暦1409年)に創始したもの。タール寺だけでなく、チベット仏教のゲルー派寺院では、旧暦の1月8日〜17日まで、例外なくこの種のお祭りが開かれる。

出し物での自分たちの出番を待つラマ僧
活仏の説経を聴くラマ僧たち

 新年になると、タール寺の建物の内外は、きれいに清められ、経堂や仏殿の中の配置も一新される。また、仏殿などの柱にはフェルトが巻かれ、華やかな絹帯や幡、様々な押し絵(厚紙を花鳥・人物などの形に切り抜き、綿をのせて美しい布で包み、張り合わせた細工)がぬいつけられる。

お祭りの出し物に見入るシーダーさん

 8日の早朝、ラマ僧たちは、大殿の前に集まり、経堂で経を上げる準備を始め、信徒からのお布施を受け取る。午前9時、全ラマ僧が「説経院」に集まり、活仏の説経に耳を傾け、ともにお布施として受け取った精進料理を食べる。この日の午後以降、舞踏、「晒仏」(絹織物に描いた仏画を広げて、日干しする儀式)、「酥油花」(バターで作った飾り物)の展示などのイベントが目白押しになる。特に、13日から15日に訪れれば、最も盛大で、最もにぎやかな様子を楽しめる。

幼さの残るかわいい学僧

 私は、12日に同地に着いた。その日は雪が舞い、青海―チベット道路には巡礼者やお祭りに参加する信徒が、延々と列をなしていた。路上、彼らは、十数センチ積もった雪の中を五体投地しながら進んでいた。地面にうつ伏せになって、両腕を頭の上に向けていっぱいに伸ばしながら拝み、また立ち上がって、両手が届いた位置まで歩を進める。そして、再度うつ伏せになり、ぬかずく。そんな一連の動きは、まるで、体で測量をしているように見えるほどだ。このように同じ動きを繰り返しながら進むため、雪道には、深く長い、巡礼の痕跡が残っていた――。

ラマ僧の楽隊

 一息入れていた巡礼者に話を聞くことができた。彼は、シーダーさんという。四川省ガルズェ州から来た。ふるさとを出発してから、ずっと五体投地で進んできて、約一年半を掛けて、ようやくタール寺にたどり着いた。五体投地では、全身を地面に付けるため、彼の手のひらには木の板がくくりつけられていて、首からは厚い牛皮が下げられ、上半身を守っている。また、干し飯などの携帯食品も持ち歩いていた。のどが渇けば、道端の民家で水を分けてもらい、渇きをいやした。長い月日を掛けて、ついに、壮大で、金メッキの瓦が輝かしいタール寺に立ったのだ。

「晒仏」で、巨大な仏画が開帳される

 13日の午前9時、「晒仏」のお祭りが始まり、寺の前の丘の南側斜面で、絹織物に描かれた仏画の「晒仏」儀式が行われた。同仏画には、「釈迦牟尼」「無量光仏」「弥勒仏」の三種類があり、毎年順番に日干しされる。今年、日干しされたのは、釈迦牟尼だった。仏画は、高級な絹織物を材料に、押し絵の手法で作ったもので、高さは30メートル、幅は20メートルある。「晒仏」の際、仏画は、レンガなどで築いた「晒仏坂」の斜面に広げられ、儀仗隊の伴奏に合わせて、僧侶によって坂の上から下に向かって徐々に開かれていった。仏画がすべて開かれると、僧侶や信徒は香を焚き、爆竹を鳴らし、花火を打ち上げ、喜びの声とともに大きな音が山に響きわたる。

神の舞
舞踏を見学する敬虔な信徒たち

 午後には、大経堂の前の広場で、「法王の舞」などが行われ、多くの人を引きつける。踊り手はラマ僧である。彼らは、めずらしい形で色の明るい面をつけ、踊りながら歌う。歌詞の内容を知りたくて聞いてみたところ、思った通り、邪気を追い払い、平穏無事な一年を願うものだった。

精緻な「酥油花」(局部)
「酥油花」を作る芸術担当のラマ僧たち

 15日には、「酥油花」のお祭りが開かれる。タール寺の芸術担当の僧侶たちは、牛や羊の乳を煮沸して作ったバターが、青海・チベット地区の寒さのために固体化する性質を利用して、様々な色のバターを混ぜて材料にする。作られるのは、人物や花、風景、建物、動物の形などで、仏典が伝える物語仕立ての飾り物になる。工芸技術は非常に精緻で、造型は真に迫り、生き生きとしているため、「中華の絶品」と呼ぶ人もいる。

 「酥油花」が人目に触れる時間はとても短く、夜7時に始まり、数時間後の深夜1時には展示が終わってしまう。しかも、一般公開前には、お寺の制作者以外、誰も制作現場に立ち入ることが許されていない。私は、タール寺の管理委員会主管である活仏に懇願して、公開の一時間前に何とか同意を取り付け、芸術担当の僧侶たちが、展示用の台の前で最終仕上げをしている貴重な場面をカメラに収めることができた。

 祭りの期間中、タール寺の雰囲気は、にぎやかであると同時に、とても神聖なものだった。心を打ったのは、めずらしく、神秘的で、美しい宗教舞踏や「酥油花」の芸術性の高さだけでなく、同地に暮らすチベット族の将来のさらに快適な生活に対する追求心だった。(2003年4月号より)