危険と直面した医療従事者

            本誌記者 王 浩


 SARSはその強い感染力のほか、さらに怖いのは、医療従事者がきわめて高い危険性に直面していることである。というのは、医療従事者は患者を診るさい、長時間にわたり、患者に至近距離で接するからだ。とくに患者に挿管したり、その{たん}痰を吸引したり、呼吸機器を使用したりする行いで、感染する確率は普通の人よりかなり大きい。当時、広州医学院附属第一病院に勤めていた二十余人の医療従事者は、同時にSARSに感染した。彼らはまさにSARSと闘う主力であった。

 鍾南山さんには、問題の深刻性がわかっていた。一人の患者から、何人もの医療従事者が感染していた。しかし一人の医療従事者が倒れると、何人もの患者の治療が遅れてしまう。それは悪い連鎖現象を起こすので、必ず食い止めなければならなかった。現在、予防策としてはまず、医療従事者はできるだけ厳しく自己保護の措置を取り、感染の機会を減らす。感染しても、できるだけ早く回復しなければならない。SARSと闘う第一線に、いつも経験や技術をもつ医療従事者がいることを保証する、などである。

 鍾さんはこの間ずっと、医療従事者の健康に気をかけてきた。毎日どんなに忙しくても、疲れていても、すすんで彼らを訪ね、その状況を聞いてきた。ICU(集中治療室)の看護婦たちは言う。「鍾院士の注意深さや心配りには、だれもかなわないのです。マスクのかけ方が正しくなければ、すぐに直してくれます。出張しても電話をしてきて、感染者のようすを聞くことを忘れません」

 女医の何為群さんは、患者の緊急医療に携わったため感染し、入院をした。ある日、病室を見回った鍾さんが、彼女の病床をたずねて「誕生日おめでとう!」と言った。その日は彼女の誕生日だったのだ。こうした非常時でさえも、患者の気持ちを考える人は、鍾さんしかいないだろう。

 体力には自信があるという鍾さん。北京医学院(現・北京大学医学部)で学んでいたときは、大学でも有名な陸上選手であった。1959年には、400メートル中障害ハードルの全国記録をぬりかえた。その記録は、大学内ではいまだに破られていない最高記録だ。

 スポーツが好きな鍾さんは、どんなに忙しくても、疲れていても、十分間さえあれば屈伸運動をしたり、腰を曲げたりして体を鍛えている。そのため今年66歳の彼は、まだまだ若いと自覚している。

 しかし、SARSと闘い始めたころ、鍾さんは第一線で働くすべての医療従事者と同様、患者を救う厳しい仕事に身を投じた。過労の結果、健康を害してしまった。2月18日のこと、38時間寝ていなかった鍾さんは、全身が熱く感じ、めまいがして、少しも持ちこたえられなくなった。だが、彼は皆の前で倒れたのではなく、こっそり帰宅し、夫人の看護でわずか二日間だけ休んで、また仕事をつづけたのである。その後、彼はこう言った。「あのとき、体はもう耐えられなかったが、もし倒れたら、皆に大きな影響を与えた。それで、どうしても倒れるわけにはいかないと思ったのです」

 鍾さんの指導のもと、広州市呼吸器疾病研究所は今までになく団結している。SARS――この未知の病魔を探究したため、研究所の医療従事者があいついで十四人も感染した。しかし、生死の試練に直面し、落後した人や、怠けようとした人は一人もなかった。ある医者は重症患者に挿管手術をおこなったさいに感染し、3日後に倒れてしまった。呼吸困難におちいり、心拍数は1分間にわずか40回でしかなかった(大人はふつう1分間に約70回)。しかし、この医者は健康を回復後、すぐにまた仕事に身を投じたのである。

 親愛なる若い同僚たちがあいついで倒れていくのを目にし、鍾さんの心は言い知れない悲しみに満ちた。そして、「これはまさに硝煙のない戦争だ」とつぶやくのだった。

権威より事実を尊重

 2月18日、北京の国家疫病予防コントロール・センターから「広東省が送った死亡病例(二例)の肺組織標本から、典型的なクラミジアウイルスが発見された」という知らせがあった。SARSはクラミジアによる感染病で、抗クラミジアの薬を使えば、二週間で治癒するという。

 同日午後、広東省衛生庁は緊急会議を開き、参加者の意見を聞いて、討論をした。鍾南山さんはしばらく考えてから、頭を横にふった。その結論を否定したのだ。彼はこう言った。「それは調査研究に欠けており、臨床の角度からまじめに認識していない。クラミジアでは、これほど重い肺炎を引き起こせない。また、われわれは抗クラミジアの薬を大量に使ったが、まったく効果がなかった。クラミジアは致死の原因になりうるが、発病の原因ではない」。その論証により、会議は結局、彼の意見を受け入れた。

 会議の後、ある友人が彼に言った。「あなたが否定したのは、北京から来た権威の『結論』だったのですよ。もし、あなたの意見が間違っていたら、どんな結果になることか」。鍾さんは言った。「科学は事実に基づいて、真理を求めることしかできません。私たちが見た事実が権威のものと違えば、尊重すべきは、権威ではなく事実です」

 その後の事実は、鍾さんの意見が正しかったことを証明した。

 やがて、鍾さんは国際協力を展開し、SARSの病因を共同探究するよう呼びかけた。この正しい提唱は、広東省衛生行政管理部門のある幹部の反対にあったが、意志を貫く鍾さんは「SARSは人類がともに遭遇した病気であるため、国際協力の展開は、SARSを克服する唯一の道である」と主張した。

 彼の呼びかけにより、広州市呼吸器疾病研究所など八つの医療機関が香港大学医学院と「連合攻関チーム」を結成、SARSの治療方法を共同研究している。4月12日、鍾南山さんを中心とする同チームは、広東のあるSARS患者の分泌物から、新種のコロナウイルスを二つ分離した。そのコロナウイルスの変種の一つは、SARSの主要原因かもしれなかった。4日後、この結果はWHOに正式に認められた。

 4月4日、中国のある関係者が「SARSはすでに中国で効果的に『控制』(制御)した」と語ったが、数日後、鍾さんは別の記者会見で、「『効果的な控制』を、『効果的な遏制(あっせい 抑制)』に改めるべきだ」と言った。一字の違いに過ぎないが、鍾さんには大きな違いであった。彼はこう説明した。「『控制』の前提は、病原体を発見し、それを処理する方法も見つけるということだ。しかし、今の段階では、病原体は一部しかわかっていない。感染ルートや感染源も未知なのだ。われわれが今できるのは、病気を一日も早く治し、死亡率や発病状況を減らすことだけだ。それで『遏制』という言い方は、より科学的なのだ」

                    (人民中国インターネット版 2003/5/21)