不足の時代から、充足の時代へ

持ち歩いているばね式ばかりで、重量を確かめる倪淑恵さん

 50すぎの主婦・倪淑恵さんは、午前中に自由市場で買い物をするのが日課になっている。市場は自宅から歩いてすぐのところにあり、早朝に卸売り市場から仕入れられた新鮮な野菜、活魚、タマゴ、肉などが売られている。彼女は、どんな品物も買ってみるが、鮮度にはうるさく、その日に食べ切れる量しか買わない。

 いまの都市住民は、買い物に行く時間さえあれば、毎日新鮮な野菜をそろえることは難しくない。冬でも温室野菜が市場にならぶ。

 4、50歳以上の中国人にとって、物不足の記憶は簡単に消えるものではない。かつては、日常生活で必要な穀物、食用油、肉、タマゴ、牛乳をはじめ、茶葉、石けんにいたるまで、購入にはすべて各種の購入券が必要で、供給量にも限りがあった。晩秋から初冬のころになると毎年、白菜が配給された。白菜は、冬に食卓にあがる主な野菜で、炒めたり、ゆでたり、漬けたりしたほか、ギョウザなどの具にもした。

 80年代になって、購入券制度がなくなった。しかし、長く続いた買いだめをする習慣はなかなか変わらず、多くの人が、毎月50キロ以上の米や小麦粉を担いで帰り、ブタ肉も一回で十キロ以上買う人がいた。

 多くの職場では、従業員の生活を改善するために、年末や祝日に魚、肉、タマゴ、食用油、果物などを配った。そのため、ふだんは規則正しい職場が、祝日前になると活気づき、笑顔があふれてにぎやかだった。

きれいに洗った野菜を販売する野菜農家の女性

 生活の質が次第に向上し、中国人の生活は繊細になった。食への要求は、新鮮さだけでなく、見た目の良さや栄養バランスなどにも及ぶようになり、食品の包装も小型化している。例えば、米や小麦粉は、以前なら一袋五十キロがふつうだったが、今では、十キロ程度の袋がより好まれている。

 張霞さんは、北京市石景山区に住んでいる。三年前、自宅から百五十メートルのところに、プライスマートというスーパーマーケットがオープンし、買い物に悩むことはまったくなくなった。スーパーが、まるで彼女の家の貯蔵庫になったように便利で、ほしいものは何でもそろっている。

 彼女はふだん、夕方6時過ぎに帰宅し、2分後にはスーパーに着いている。キュウリ2本、ニンジン1本、豆腐1丁、長ネギ1本、トマト二つ、ひき肉250グラム、ついでにマントウ(中華蒸しパン)二つ。晩ごはんの材料はすべて揃う。もちろん生活用品も、すべてスーパーで手に入れる。張さんの旦那さんは、「あいつは毎日一回はスーパーに行くんだよ」と笑う。ちょっと大げさではあるが、スーパーがもたらした便利さは、計り知れない。

『精品購物指南』『為ニン服務報』などのショッピングガイドが売られている

 中国の大中都市には、九〇年代半ばからスーパーが現れはじめ、店舗展開の速度は次第に加速した。特に、外国資本の大型スーパーが中国市場に進出したことで、国内スーパーのチェーン店のさらなる発展を促進している。雰囲気が快適で、何でも揃い、価格も適切なスーパーのある生活に、消費者は慣れてきている。

 スーパーがない生活区には、二十四時間営業のコンビニエンスストアがあり、人々の要求を満たしている。この種のチェーン店は、主に食品、日用雑貨のほか、惣菜なども扱っている。今後さらに発展していく分野で、外国の有名チェーンも中国市場に進出してきている。日本のセブンイレブンは、北京での三百店舗の営業許可を取り付けていて、今年末には一号店がオープンする予定だ。

選ぶ自由を満喫

 倪さんは、食材は近くの自由市場で買う。スーパーよりお手頃価格の商品が多いためだ。北京の老舗「天福号」のブタのモモ肉のしょうゆ煮込みや腸詰めを買うために、たまにはスーパーにも行く。ニセモノをつかまされる心配がないため、トイレットペーパーや洗剤などもスーパーで買う。また、彼女自身と夫の衣類や靴は、近所のイトーヨーカ堂で安くて良い品を選び、息子の服は、少し奮発してブランド品を手に入れる。

北京では、社区(コミュニティ)ごとにスーパー、商店などがある

 ひと昔前と違い、買い物での選択幅が広がった。多くのお年寄りは、自由市場をぶらぶらするのが好きだ。野菜や果物が新鮮で、値段が安く、値段交渉までできる市場で、彼らは、あの野菜は新鮮だ、あれは高すぎるなどと、世間話をしながら時間をつぶす。

 忙しく働く若い世代は、週末にスーパーに出かけ、買いだめするのが普通だ。週末のスーパーでは、子ども連れを見かけることも少なくない。家族の週末は、買い物からはじまる。流行に敏感で、収入も多い若いホワイトカラーがよく足を運ぶのは、国内外の有名ブランドの専売店。人は、自分の経済力と消費習慣で、買い物の場所と方法を選んでいる。北京市財貿管理幹部学院商業研究センターの副主任である頼陽さんはこう話す。

商店、スーパーは、各種のICカードを発行し、消費者に便宜を与えたり販売促進を行う
北京市物価局には、価格通報センターが設けられ、消費者の権益を守るための監督をしている

 「改革・開放後の消費での最大の変化は、売り手市場から買い手市場に変わったこと。特にここ数年は、商品供給が滞ることなく、多くの商品は供給過剰で、供給が間に合わない商品はない」

 売り手市場が買い手市場に変わった後、消費者は、選択の自由を得た。一方で売り手は、変革を続けている。

 かつて、中国のサービス業は、サービス態度の改善や笑顔でのサービスを強調したが、笑顔を浮かべられる販売員はいなかった。いまでは、こんな状況は百八十度変わった。顧客が商品の前で立ち止まれば、すぐに販売員が熱心に紹介をはじめる。中には見るだけで素通りしたい人もいるから、あまり熱心に紹介されると、逆に気まずく思えてしまうほどだ。

 このような現象は市場競争と直結している。中国市場は、商品が豊富になっただけでなく、各種の新興業態が生まれ、買い物の場所は従来型の商店だけではなくなった。

 最近、スーパーのほかに、電気製品を専門に扱うチェーン店も大躍進している。品揃えが豊富で、低価格で、アフターサービスが整っているため、人気を集めている。その他、衣服、靴・帽子、日用雑貨などを扱う個人経営の小さなお店が並んでいる卸売り市場では、価格交渉もできるため、買い物の楽しみも倍増する。

 このような変化を受けて、旧態依然としていた商店も自己変革している。最近では、食品コーナー、飲食コーナー、娯楽コーナーなどが設けられるようになっただけでなく、消費者講座を開いたり、乳母車、車椅子、薬箱の貸し出し、クローゼットサービス、贈答用商品の包装サービスなどをしているところも多い。また中には、大型のショッピングスペースを作り、買い物、飲食、娯楽、休憩などのすべてを提供する経営戦略を立てているところもある。外国資本が、中国に大型ショッピングモールを建設しようとしているのはその一例である。

「信頼のはかり」と常客

消費者の心をくすぐる商品広告があちこちに

 買い物に出かけるとき、倪さんは、必ずばね式ばかりを持っていく。彼女は、「けちけちしているのではなく、はかりに細工をしている売り手から身を守るための対策にすぎない」と話す。

 あるとき、彼女は一キロの魚を買った。しかし、どう見ても一キロもあるようには思えず、自宅で計り直してみると、思ったとおり、七百五十グラムしかなかった。魚売りは、水をたくさん入れた袋と一緒に重量を計ったのだ。その後、その魚売りを見つけ口論し、相手も謝ったが、二度とだまされないように、彼女ははかりを持ち歩くことが多くなった。

 類似の出来事は少なくない。昨年の春節(旧正月)前、筆者の夫は、果物卸売り市場でリンゴ一箱を買った。家で開けてみると、一段目には大きくて赤いリンゴが並び、とてもおいしそうだった。しかし、二段目には小さくてしなびたリンゴばかりで、すき間は古新聞で埋められていた。

「網上購物」(ウェブショッピング)が若者に人気
大規模な販売促進が消費者の心を引きつける

 売り手と買い手が、重量でいざこざを起こさないため、多くの市場では、消費者が自分で重量を確かめられるように、公用の「信頼のはかり」を設置している。もし、問題が明らかになれば、市場の管理者が店舗に警告する。「だました場合は十倍の賠償をする」とうたう市場もあるほどだ。

 市場の罰則に比べると、市民の個人的な防衛策は、より人間味がある。しばしば自由市場に足を運ぶお年寄りが、なじみの売り子と仲良くなると、自然に信頼関係が生まれる。客は売り手の商売を助け、売り手も常客をだますようなことはなくなり、特別にサービスしてくれることも増える。倪さんは、「米、小麦粉、肉は、いつもそれぞれ同じ店で買っている。売り手も、自分がどんな品を欲しているかわかっている。そこで買うときは、自分のはかりも必要ない」と話す。

信頼の社会に向けて

 消費者にとって、重量をごまかされることは不愉快だが、ニセモノや質の悪い商品を売りつけられるよりは、ましだ。一九九八年一月、春節の期間に、山西省朔州市で、ニセ酒を飲んで二百二十二人が中毒になり、二十七人が死亡する事件が起き、全国を戦慄させた。不法分子が、ばら売りの白酒に国の基準値を数百倍上回るメチル・アルコールを混ぜた結果だった。

 中国の市場には、現実にさまざまなニセモノや質の悪い商品があふれている。カビが生え変質した米を加工した有毒米、砂糖水とデンプンを混ぜて作ったニセハチミツ、何の薬効もないニセ薬、面積にいつわりのある商品住宅など、挙げていけば切りがない。

 このような商品は、消費者の健康を害し、経済的利益を傷つけるだけでなく、社会そのものへの信頼の喪失をもたらす。

プライスマートは、純アメリカ式の会員制スーパーマーケットで、北京に多くの店舗を展開している

 中国の消費市場に現れる問題は、経済発展状況に応じて変わってくる。現在の経済レベルでは、完全な市場体系と規範的な管理制度の確立は難しい。しかも、計画経済から市場経済に転換し、わずか二十年しか経っていない。消費者、生産者、管理者のいずれの立場でも、転換、適応、学習の過程が必要である。

 慰めになるのは、少しずつでも状況が変わりつづけていることだ。八四年十二月、中国消費者協会が成立した。これは、中国にはかつてなかった全国の消費者の利益保護を目的とした社会団体である。そして九三年十月、全国人民代表大会は、『中華人民共和国消費者権益保護法』を承認し、消費者は、個人の権益を守る法律という武器を手にした。

 九五年、王海という一人の庶民が、同法第七章第四十九条の「経営者が提供した商品あるいはサービスにペテン行為があった場合、消費者は二倍の賠償を要求できる」という条項を武器に、各地の市場でニセモノを購入し、二倍の賠償金を受け取ることで、彼の名を知らない人がいないほどの「ニセモノ撲滅のヒーロー」となった。一方で、王海のように、ニセモノと知りながら購入して訴えることが、消費と呼べるかどうかが、大問題となった。この問題に対する議論はいまでも続いていて、「王海現象」と呼ばれている。

 今日、同法は徐々に人々に理解され、ますます多くの消費者が、法律によって自分の権益を守ることができるようになってきた。中国人の法律意識を高め、中国市場の規範化を促進し、中国社会そのものの信頼性を高めるきっかけになっている。(2003年7月号より)


 

 

庶民が集まる巨大で何でも手に入るショッピングセンター