この小さなソーラー・パネルが、張秀松さん一家に日常生活のエネルギーを供給する

 張秀松さん(61歳)は、万里の長城にほど近い、北京市延慶県八達嶺鎮裏炮村の農民である。息子2人と娘一人はすでに成人して働きに出たため、家には子育てを終えた夫婦が残った。

 彼の家の中庭には、都市の道端に作られた花壇のような長方形の菜園がある。菜園を囲むようにコウシンバラ、クジャクサボテン、観賞用のヒョウタンなどが植えられ、菜園にはトウガラシ、プチトマト、ピーマン、チンゲンサイなど、見た目も味も良い野菜が見える。

 その一角には、張さんが2000年に取り付けたソーラー・システムがある。この小さなパネルが、家の照明、テレビ、湯沸し器のエネルギー源となり、村全体が停電した日にもテレビを観ることができる。しかも、毎月少なくとも20元の電気料金の節約となり、同郷の人たちから羨望のまなざしで見られている。

郭慧英さんは最近、自宅にソーラー・パネルを取り付けた。シャワー、炊事などの熱湯はすべて太陽エネルギーを利用

 張さんは、村でもやり手のほうだ。果樹栽培、羊や豚の飼育など、何をやっても人よりすぐれている。

 特にすばらしいのは、新しい手法を進んで取り入れることだ。彼は昨年、自家の果樹園の横に、バイオガス・プラント(メタンガス発酵槽)を建造し、その上に豚小屋を作った。

 家畜ふん尿が密閉されたプラントに直接入るしくみで、ふん尿が入るとやがて発酵液肥ができ、果樹園の有機肥料となる。また同時に発生する可燃性のバイオガス(メタンガス)をガス管で自宅の厨房に送り、都市ガスと類似の便利で低公害なエネルギーとして利用する。プラントは、排泄物を処理するだけでなく、新エネルギーを生む一石二鳥の存在である。

 裏炮村には計110世帯が暮らし、主に果樹栽培を生業としている。昼夜の気温差が大きい特殊な地理条件のため、ここで栽培されるリンゴ、ブドウ、ナシなどの果物は絶品。ここ数年は、夏から秋にかけて、北京中心部から避暑や果物狩り、グリーンツーリズムに出掛ける人が増え、観光業が知らず知らずのうちに当地の農民の重要な収入源になった。

自宅の果樹園横に作ったバイオガス・プラント

 都市からの観光客を受け入れるため、張さんもゲストルームを数部屋作り、各部屋に4〜5の清潔なシングルベッドを入れた。最も広い部屋には、大きな伝統的なオンドルを作り、大型テレビを置いている。宿泊客は、「オンドルに座りながらテレビを観る農家の生活」を味わえる。

 宿泊客用の料理を作るため、厨房は特大だ。雑然としているが清潔で、おもしろいのは、コンロとかまどが合計四つも並んでいること。張さんの奥さんは、「用途はそれぞれ違う」という。

 バイオガスのコンロを最も頻繁に使い、ほとんどの料理を作る。プロパンガスは、強火でサッと炒める料理の時だけ利用する。壁際にある伝統的な薪のかまどは、「貼餅子」(トウモロコシや粟の粉をこね、焼いてつくったホットケーキ状の食べ物)など、農家料理を作る際に使う。薪で作ってはじめて、昔ながらの味を出せるからだ。レンタンのかまどは、湯沸し用。やかんを載せ、とろ火で湯を沸かすことで、いつでも熱湯を使えるようにしておく。

変わりつづける農家の生活

厨房に取り付けたバイオガスのコンロについて紹介する張さんの奥さん

 農村の生活といえば、かつては誰もが庭に高く積まれた薪や干し草、くさい臭いを放つ豚小屋、煤で真っ黒になった厨房といった、汚くて散らかった環境を思い浮かべた。しかしいまでは、多くの農村でこのような状況は変わりつつある。

 農業部(日本の省庁にあたる)では2001年から、「生態家園富民計画」を開始した。中央財政の拠出金で、各地の実情に照らし、家庭用バイオガス・プラントの建設、太陽エネルギーの利用、薪やレンタンの利用を減らせる省エネかまどの導入、小型水力・風力発電の促進などのプロジェクトが進められている。

 同村までの道すがら、私たちは少なくない農家の屋根に、ソーラー・システムが取り付けられているのを目にした。沈家営鎮の花園村で足を止め、取材してみることにした。

太陽エネルギーで観るテレビは、張さん夫婦にとって生活の必需品

 同村の郭慧英さんは、他の村人からは遅れたが、今年春、屋上にソーラー・システムを取り付けた。1200元ほどの投資で、シャワーや炊事などの日常生活で必要な熱湯をいつでも手軽に利用でき、電気料金の出費も抑えられるようになった。郭さんは、「都市の人と同じように、毎日シャワーを浴びられるのがうれしい」と笑った。

 バイオガス・プラントの設置は早くから行われていたが、かつてと今では意味が違う。プラント設置が、農民の生活環境を改善し、農民の収入を増加させ、生態環境を改善するために役立っている。ここ数年で、恩恵を受けた農家や地域は拡大を続け、ますます多くの農民が、新しい生活概念を受け入れ、ライフスタイルも変わってきている。

 プラントを建造する際には、多くの地域で、トイレ、鶏小屋、豚小屋などの関連設備を合わせて作り、農家の厨房、住宅、水道管、それに村道の改修を行う。そうすることで、農民の居住環境と衛生条件が大きく改善し、厨房で煤で真っ黒になることはなくなり、庭、厨房、トイレが清潔になり、ハエやカの数も減るからだ。

 しかし、裏炮村の大多数の村民は、まだ家庭用バイオガス・プラントを設置していない。理解不足の人もいれば、お金がない人もいる。ほかの村でも事情は同じ。そのため地方政府は、農民支援を徐々に計画的に進めている。同村の村民委員会の張恒主任は、延慶県政府エネルギー事務室がすでに、200世帯にガスを供給する大型プラントの建設のために、同村との各50%出資で計200万元を拠出したと述べた。同プラントの建設はすでにはじまり、今年中に完成する予定。

生態環境を根本から改善

愛友恩太陽エネルギー設備企業が製造した農業用殺虫ライト。農村で広く使われている

 裏炮村で建設が進むプラントでは、農作物の茎や切り落とした果樹の枝を発酵材料として使っている。

 中国北方の農村では、トウモロコシを収穫した後のいらなくなった茎を生活燃料にする習慣がある。そのため家々では、庭の中ほどや壁際に茎を積み上げていた。それでは雑然として汚いだけでなく、茎を燃やした際の煙は、大気汚染の原因になっていた。茎をプラントに入れることで、クリーンエネルギーを生むだけでなく、空気と環境の浄化につながっている。

 南方の農村ではかつて、生活燃料はすべて、山から得ていた。柴刈りが農家の日課であり、普遍的な労働だった。人口の多さが災いし、地方によっては、毎年のように植樹をしても、はげ山が目立つようになった。

大中都市の郊外の農村では、各世帯に電気メーターが取り付けられ、個別集金が徹底されている

 自然環境が厳しい内陸部の農村では、炊事や暖を取る燃料として、かまどに草や木を放り込み、より多くの緑を奪った。貴州省を例にすると、同省の農村では毎年、省全体の伐採総量の50%以上に当たる450万立方メートルの材木が、燃料として使われた。このような現象は、他の省にも存在する。過度の伐採は、エネルギー不足を加速させ、伐採が生態破壊を生み、生態破壊からエネルギーのさらなる不足が生じるという、悪循環を引き起こしている。

 江西省吉安県は、早期にバイオガス・プラントを導入した地域である。バイオガスの使用は、同地の生活環境を改善しただけでなく、農民の80%以上の生活燃料問題を解決した。四人家族の世帯が8立方メートルのプラントを作れば、バイオガスを燃料として利用でき、一年中、炊事や照明に困ることはないと言われ、そうなれば、柴刈りも自然に消滅する。

 吉安県敖城鎮乾上村の自治管理担当の汪国強主任は、身をもってプラントによる変化を感じている。「以前は柴刈りを止めさせようと、どんなに対策を練っても効果はなかった。しかしプラント使用を開始したとたん、誰も斧を振るわなくなった。プラントが森林を守り、労働力を解放した。いまでは山は緑に覆われ、長く姿を消していたイノシシやキジ、野ウサギも見られるようになった」

 同地の林業部門の推算によると、現在、同県に作られたプラントは1万カ所以上となった。伐採されずに済んだ山地は、2万3000ヘクタール以上に相当する。

有機食品が人気

北京市延慶県の蘇荘果樹生態科学技術モデルパークに新たに作られたバイオガス・プラント。1日当たり150立方メートルの生成能力があり、全パークのエネルギー源となる

 バイオガス・プラントの建設、新エネルギーの開発は、山地保護だけでなく、土壌改良や水源保護にもつながっている。以前から、家畜ふん尿は、ほとんどが池や河に垂れ流しになり、ひどい汚染を引き起こし、人間の健康にも脅威となっていた。プラントはこれらの「廃棄物」を再利用すると同時に、高品質な有機肥料を生成した。各地の農民が、プラント建設により、エコロジー(エコ)農業発展の道を歩みはじめている。

 安徽省池州市の蕭坑村でも近年、エコ農業を推し進めている。バイオガスを核に、家畜の飼育、果物、穀物、野菜、茶葉の生産を結び付けている。家畜ふん尿をプラントに入れ発酵させることでバイオガスを作り、炊事や照明に利用する。もちろん、生成される液体や固形物も総合的に利用でき、液体は水で50%に薄めて植物に吹きかけ、害虫を駆除する。固形物に水を加えると、こちらは良質な肥料になる。特に液体を農薬の代わりにすれば、農産品の残留農薬を減らすことができ、同地の作物への信頼度を高めることができる。

北京市延慶県の蘇荘果樹生態科学技術モデルパークに作られたバイオガス・プラントは、ハウスの照明と暖房のエネルギー源となる

 蕭坑村では2001年から、いかなる化学肥料、農薬、ホルモン剤もしめ出し、完全にバイオガス・プラントで生成された有機肥料での生産を行っている。これにより同村の有機食品の名が、広く知られるようになった。同地産の有機緑茶の価格は、平均で年20%も伸び、同村の春茶は02年、競売で1キロ6400元の高値をつけた。農民の収入は大きく伸びている。

 北京市延慶県の蘇荘果樹生態科学技術モデルパークでも、大型バイオガス・プラントが建設中である。同パーク長の郭春明氏は、プラントが完成すれば、バイオガスは一日当たり150立方メートル生産でき、同パークの30以上の温室照明と暖房用として利用できると話した。

 同時に、プラントがこの優良果物の生産基地に有機肥料を提供し、無公害、高品質の商品を保証する。さらには、バイオガスで電力消費、農薬購入費、化学肥料費用を節約できるため、生産コストも大幅に抑えることになる。(2004年8月号より)



▽「生態家園富計画」とは?

 農業部が2001年から実施した環境政策のこと。

 農民が最も関心を寄せる自宅と庭の環境整備から開始し、バイオガス利用を核に、農家の家畜小屋の改築、トイレ環境の改善、厨房の改装をセットで行い、変化が遅れている農民のライフスタイルの改善を推し進め、環境に配慮した農業の発展を目標としている。

 同計画では、中国の異なる地域の特殊な地理、気候に基づき、数種の技術的モデルを総括している。西北地区と黄土高原の旱魃地域、西南地区と西北の砂嵐多発地域(農業と牧畜の両方が行われている地域)などに分けられる。この比較的具体的な技術モデルにより、より臨機応変な対応が可能になった。

 同計画はまた、国債の支援プロジェクトに数えられ、国の拠出金も年々増えている。昨年は10億元、今年も同等の額が投下される見込み。

 農業部の予備統計によると、2003年末までに、全国のバイオガス・プラントを設置した農家は1300万世帯となり、農家総数の5%を占める。プラント建設に適した地域の農家だけを対象にすると10%に達する。2010年までに、プラントは全国の2600万世帯に普及し、プラントの建設に適した地域の農家だけを対象にすると20%に行きわたることになる。