●特集

「社区」とはなにか
新しいコミュニティーの出現

文・侯若虹  写真・楊振生


 

 いま、中国の大都市で、社会の基盤をなす地域社会が変わりつつある。「社区」という、外国人には耳慣れぬ概念の組織が生まれ、発展しているのだ。

 「社区」は、欧米の「コミュニティー」とも、日本の「町内会」や「団地」とも少し違う。中国の発展の歴史や実情の中から生まれてきた独特の組織であり、また、独特の役割を果している。いまや中国の大都市の市民生活は、「社区」なくしては語ることができない。

 注目すべきことは、「社区」の発展にともなって、住民の社会への参加意識や民主的意識が高まってきたことだ。これまでは自己管理に「自覚がなかった」市民が、「自覚的に管理する市民」へと変貌をとげつつある。

 「社区」の実態はどうなっているのか、そしてこれから「社区」は、どうなるのか……。北京のいくつかの「社区」を例に報告しよう。

 

    その一
住民自治の試みが始まった

 「社区」――かつてはまったく人々の関心を引くこともなかったこの組織が、現在ますます多くの政府の官僚、専門家、学者や、さまざまなメディアによって論議され、多くの人々の注目を集めている。中国の「社区」の中で、いったいどのような変化が生じているのか。取材した北京のいくつかの「社区」は、それぞれ個性があって、まったく同じではなかった。

自分の「社区」は自分で建てる

「西便門東里社区」住民委員会主任の選挙には、住民たちは積極的に参加した(同「社区」提供)

 かなり長い間、中国の都市住民は、どこに住もうと、その地区を管理する住民委員会を選挙することができた。住民委員会はその地区住民の公共の福祉に関する事項を扱い、政府の出先機関に対して住民の意見と要求を反映し、政府の呼びかけに応じて住民を動員し、大衆を指導して治安と保安の仕事に当たるなどの責任を負ってきた。

 このように市民自身の生活とのかかわりが多い住民委員会なのだが、かつては市民から重視されてはこなかった。多くの市民は、自分が住んでいる所がどの地区に属するのか、その地区の住民委員会の主任が誰かさえ知らなかった。

 人々は住民委員会に対してあまり関心がなかった。それは人々が、住民委員会との直接的な関係はあまり大きくないと感じていたためだ。3年に一度、住民の代表選挙がおこなわれるとはいえ、知識水準があまり高くない家庭の主婦を住民委員会の主任にするのが一般的だった。

 「どれもこれもささいなことばかりで、誰が一生懸命やりますか。そのうえ、働きに出ている人には、こんなことをしている暇はないのです」と、北京市西城区の「車公荘中里社区」の住民の一人は言った。この言葉は、人々の住民委員会に対する普遍的な見方と態度を表している。このため住民委員会の構成メンバーの素質は低く、仕事は杜撰で、能率は悪かった。

 1995年、北京市政府は、知識水準の比較的高い定年退職した幹部を、より多く住民委員会のメンバーに選出するようにと提案した。2000年には、「社区」住民委員会のメンバーを、より若くし、知識水準の高い者にするよう通達した。

「西便門東里社区」の住民委員会のシンク・タンクである「社区研究会」は、「社区」の幹部といっしょに問題を討論する

 北京全市の範囲で、50歳以下で高卒以上の学歴を持つ人たちを招聘し、彼らに各「社区」住民委員会の仕事を紹介し、そこの住民による選挙に参加するようにしたのだった。

 張文玲さんは、北京・宣武区の「三義東里社区」の住民委員会主任に、このようにして就任した。張さんはもともと、建築材料局の財務の担当だったが、その部門は能率と利益が低かったため、四十数歳で早めに退職した。北京市が「社区」の幹部を募集したとき申し込み、任用された。

 彼女が割り当てられた「社区」は、彼女が住んでいる地区ではなかったが、彼女は極めて大きな情熱を仕事に注いだ。そして選挙で彼女は主任に選ばれた。彼女が若く、熱心で一生懸命であることが住民に気に入られたためだ。

 彼女は毎朝七時から「社区」に来て、たいてい毎日、12時間働く。住民委員会主任の仕事は、「社区」の治安や環境衛生から、再就職、隣り近所の関係の調停、流入人口の管理など、どれも気を遣わなければならないことばかりだが、しかし彼女は、生活が充実していると感じている。

 張さんは、住民が彼女の助けを必要としていると感じ、そして彼女自身が本当に住民のために何かをしてあげられたとき、心の中で特にうれしく感じるという。彼女のような若い住民委員会主任が、住民を「社区」の活動に参加するよう働きかけると、かつてはできるだけ参加を辞退した同じ年頃の多くの住民が、いまは辞退することはなくなり、「社区」の活動に、積極的に参加するようになってきた。

 西城区の「西便門東里社区」に住んでいる一人の住民はこう言っている。

 「住民へのサービスがますます周到になり、全面的になればなるほど、住民は『社区』に対して親近感を持つようになり、『社区』に関心を持つ人が多くなる。もし私達が『社区』の中で、もっと良く、もっと多くのサービスを受けたいと思うならば、必ずこの『社区』を切り盛りする責任者を、しっかり選ばなくてはなりません」

 最近、この「社区」が住民委員会の主任を選ぶとき、住民15戸ごとに一人の割で選ばれた代表、数十人が集まり、討論したが、その中でかなり大きな意見の違いが起こった。論議の焦点は、これまでの主任を選ぶのか、それとも別の新しい主任を選ぶのか、というものだった。

 多くの人が発言して自分の見解を述べたが、その論議の激しさは、列席した街道弁事処(各街道ごとに置かれた行政の末端組織)の幹部が驚くほどだった。

 新しい主任を選ぶよう主張する住民は、その候補者が若く、そのうえ大学の卒業生で教養の程度は高く、「社区」のために新たな変化をもたらすことができると考えた。しかし他の一部の住民は、この大学生の家はこの「社区」にはなく、もし夜間に「社区」で何かが起こったら、主任を探しにどこへ行けばよいのか、また彼が全身全霊で仕事に没頭するかどうか、どのようにして保証できるか、と提起した。

 その結果、最後は投票によって決着した。これまでの主任は再任され、あの若い大学卒業生は副主任に選ばれた。現在、この「社区」の住民委員会は7人の幹部がいるが、その平均年齢は40・5歳である。そしてその中の四人は、大学・高等専門学校卒業程度の知識レベルにある。

「汽南社区」住民委員会の王士良主任(左端)。訪れてきた同じ仕事をしている人々と、「社区」の管理について経験を交流している

 新しい住民委員会の新しい動きの一つは、住民代表の中から、数人の知名人や教養の高い人たちを選んで「社区研究会」をつくり、住民委員会の顧問やシンクタンクになってもらうことだ。彼らはいつも住民委員会と意見交換をし、いつでも意見や提案を出すことができる。住民委員会はそれをすぐ受け入れたり、あるいは住民代表大会に提出して討論したりするが、住民代表大会で可決されれば、住民委員会がその実施に責任を負う。このような民主的参加と民主的管理のやり方は歓迎され、よい効果を収めている。

 当然、あらゆる「社区」がこのようにうまくいっているわけではない。少なからぬ「社区」は、退職した老人がその事務を行っており、現役の中年や若い人は依然として「社区」にあまり関心を持っていない。なぜなら、「社区」の中では、彼らの切実な利益に関することはきわめて少ないからだ。とりわけ新たに建てられた分譲住宅の住宅区では、不動産管理会社が一切を代理で管理しているところが多い。ある「社区」では、所有者委員会が設立されたが、問題が起こったときだけ管理会社と交渉する役目を果すに過ぎない。

 分譲住宅の住宅区の管理費は高いところも、安いところもあるが、それと「社区」が違うところは、管理費が一定額で安い点にある。それは現在の「社区」の建設に投入された資金の主な出所が国からであり、それで「社区」で働く職員の補助金や「社区」の緑化、設備や施設の建設、事務経費がまかなわれているからだ。

 もう一つの別の資金源は、「社区」の中にある企業や会社が提供する賛助金である。このような賛助金については、強制的な規定はない。主に企業や会社の経済的な実力と、「社区」との付き合いの程度によって行われている。

 また、一部の住民委員会は、例えば食品加工や商品の代理購入や配達、小さなレストランの営業などのサービス業を営んで、経費の不足を補っている。しかし、このような方法は、時に紛争の種になりやすい。ある「社区」では、かつて小さいレストランを開設したが、油煙による汚染と環境汚染が住民に迷惑を及ぼし、住民の強烈な不満を引き起こした。

 資金が多いか少ないかは、必然的に「社区建設」の質に影響する。治安に関して言えば、条件のよい「社区」は、警備員を配備し、パトロールさせるだけでなく、各棟ごとに盗難防止のドアを取り付けている。「社区」全体を安全ネットワークで結んだところさえある。こうした条件のない「社区」では、窃盗事件を防止する措置はなかなか実行しにくい。

 しかし最近、情況は少し変わって来た。多くの地方政府はすでに、「社区」の建設を進めることを政府の機能を転換することと結び付け、治安を守るお巡りさんの受け持ち範囲を各「社区」にまで広げた。これは「社区」の安全を守り、安定させるうえできわめて大きい作用を果している。

老人のケアにも役割

79歳の朱清芬さん

 北京・西城区にある「汽南社区」では、79歳の朱清芬さんが独りで、あまり大きくない2部屋の住宅で暮らしている。彼女はつれ合いを亡くしてからもう20年に近くになる。朱さんには6人の息子や娘、八人の孫がいる。しかし子どもたちはみな、それぞれの家を持っている。

 「子どもたちはみな、大変親孝行で、家政婦を雇ってあげるという子もいれば、いっしょに住もうという子もいる」と朱さんは言うのだが、しかし彼女は「私はもう20年余りここで暮らしてきたので、隣近所の人たちをみんなよく知っている。生活も便利だし、私はここに住んでいたい」と言うのである。

 さて、それならば、こうした80歳近い老人が一人で、どのように生活していけるのだろうか。朱さんはこう説明する。

 1日3度の食事はみな、「社区」にあるレストランで食べる。レストランに電話をかけて、食事を家に送り届けてもらうこともできる。病気にかかったときは、「社区」の衛生サービス・ステーションに行けばよい。もし必要があれば、医者に家まで往診してもらうこともできる。日常生活のさまざまなこと、例えば理容や洗濯などは、電話で訪問サービスを予約できる。

 さらに住民委員会は、彼女のために救急ベルを取り付けた。それは回線で向かいに住む住民の家と結ばれていて、いったん事が起こったら、隣近所の人たちがすぐ駆けつけて助けてくれ、場合によっては医者を呼ぶとか、彼女の子どもたちに連絡する態勢が整った。

 朱さんが最も気に入っているのは、ここには2、30年もいっしょに住んできた隣人たちがいて、みんなは互いに理解しあい、互いに相手に気を配って助け合い、生活が充実していて楽しいという点だ。「もし私が娘の家へ行っていっしょに住むとなれば、娘たちは昼間、働きに出てしまい、私は一人で家にいなければならない。隣近所の人たちも知らないので、何か起こったら誰を探せばよいのでしょう」と、朱さんは言うのである。

「汽南社区」は先進的な安全ネットワーク・システムをつくった

 朱さんの住む「汽南社区」は、日常的なサービスは十分整っていて便利だが、それだけでなく、もっぱら老人のために設けられた特殊なサービスもある。例えば、朝に預けて、夕方に迎えに来る昼間の「託老所」が開設されていて、毎月300元ぐらいで、家に世話する人がいない老人のケアという大問題を一挙に解決した。

 中国の都市部では、人口が次第に高齢化し、家庭の構成が小型化するという特徴が明らかになっている。朱さんのように、長い間、子どもたちとは別々に住んで、独立した生活を送っている老人は、「空巣老人」(雛が巣立ち、空になった巣、つまり家に住んでいる老人)と言われ、近年、こうした家庭はますます多くなっている。「空巣家庭」はすでに、老人家庭の3分の1前後を占めているほどだ。

 一人っ子の親たちが年をとるにつれ、「空巣家庭」は老人家庭の主要な形となる。こうした老人たちの大部分は、医者にかかったり、買い物をしたり、付き添ってもらったり、人と付き合ったり、あるいは応急のサービスを受けるといった需要がある。こうした需要に対しサービスを提供できるのは、彼らの住む「社区」である。実際、多くの「社区」では、老人の健康に関する記録書類を作り、近くの病院や商店などと協力して、彼らのために訪問サービスを提供している。これによって老人たちは安全に、安心して生活することができる。こうしたサービスはみな有料だが、価格はかなり低く、普通の家庭でも支払うことができる。

住民たちは進んで「社区」の環境保護活動を展開している

 多くの「社区」では、最も活発に働いているのはやはり老人である。「社区」は老人の生活上の要求に応えて問題を解決しただけではなく、同時に老人たちが、長年働いた職場を去り、よく知った同僚たちと別れたことを考慮して、とりわけ「社区」での生活を豊かなものにすることを重視し、老人たちが外部と交流する機会を増やしている。

 「汽南社区」の老人たちは、それぞれ共通の趣味に基づいて自発的に、登山隊、水泳隊、合唱隊、舞踊隊を組織した。さらにいっしょに京劇の歌を歌ったり、書画を学んだり、株式の売買をしたりする人たちもいる。「社区」の住民委員会は、老人のこうした活動に、積極的に協力し、援助している。たとえば適当な人を探してリーダーになってもらったり、必要な規則や制度を制定する指導をしたりして、老人たちの活動が健康的で秩序があり、安全に行えるようにしている。

市民学校を持つ「社区」も

「社区」では健康相談も行われる(「汽南社区」提供)

 週末になると「汽南社区」ではいつも、大学生が住民に英語を教えたり、病院の医師が健康に関する知識を伝授したり、住民自身が料理を学んだりしているのを目にすることができる。これらはみな、「社区」が開いた市民学校が組織したものだ。現代人は、物質的欲求だけでなく、さらに多くの精神的欲求をもっている。彼らは、自分の仕事にかかわる専門技術を学びたいだけではなく、さらに多くの日常生活に密着した実用的な技能を身に付け、興味や趣味を豊かにしたいと思っている。

 市民学校は、各「社区」が自らの情況に基づいて設立した「塀のない学校」である。社会のボランティア、例えば大学生、医者、弁護士らに来てもらって、市民学校の先生になってもらうのだが、「社区」に住む専門的な知識を持つ住民自身が先生役になっているケースがもっと多い。かつて弊社で翻訳をしていた李兆田さんと記者だった孫占科さんは、書画に長じているため、定年退職後、それぞれ「社区」の市民学校の書画の先生に招聘された。

 市民学校の先生はみんな無報酬で授業している。教材のプリント代のほかは、住民の授業料は無料だ。授業時間の多くは週末で、勉強したい内容は、住民の要求によって決められる。保健、法律の知識、合理的な食事の摂り方、書画、コンピューター入門、草花の栽培技術などの授業が多い。

 地方からこの地区に働きに来た人や、親戚や友人を頼って地方から来た人も、この市民学校の支援を受けられる。「西便門東里社区」の市民学校は、毎月12日、もっぱら地方から北京に家政婦として働きに来た女性のために講座を開き、法律の知識や食卓での礼儀、どのように病人をケアするか、どのように子供の世話をするか、どのように老人に付き添うか……などを教えている。

 学校はまた、彼女たちを組織して、本や新聞を読むようにさせ、彼女たちの素質を高めて、自分の合法的権利を守ることを身につけさせようとしている。また新年や祝日のたびに、住民委員会は彼女たちの交歓会を開いたり、市内観光に連れて行って、彼女たちのホームシックの苦しみを緩和しようとしている。

「社区」で催された料理コンクールでは、文字通り「熱い戦い」が繰り広げられた(「汽南社区」提供)

 湖北省の農村から北京に家政婦として働きに来た楊紅霞さんは、毎月一回の学習をずっと続けて、読書の習慣を身につけた。これによって、家事のサービスをマスターしただけではなく、知識レベルも高まり、人として成すべき道も身につけることができた、と彼女自身が言っている。彼女は郷里に帰った後も、いつも「社区」住民委員会に手紙をよこし、「社区」で仲間とともに学んだ日々を非常に懐かしがっている。

 学習するのは市民学校の中だけではない。「西便門東里社区」は93年に、住民委員会の中に、小さな読書コーナーを設立して、住民に歓迎された。それから十数年の間に、彼らは八方手を尽くして図書を集めてきた。経費は足りなかったが、毎年少しずつ買い、また住民たちも少し寄付し、周辺にある部門や上級の部門も少し賛助金を出してくれた。

 いまでは読書コーナーはすでに、3000冊以上の蔵書を持つ図書室になった。そして毎年、50種以上の各類の新聞雑誌を予約購読している。ここの本を借りに来る住民は、80歳を超す老人から7、8歳の子供までいて、老教授や国家幹部ばかりでなく普通の労働者や家事手伝いもいる。この図書室は住民が好んで行きたい場所になっている。

失業者の再就職にも

 宣武区の「三義東里社区」に住む陳美栄さんと夫は、勤め先の部門が破産し、2人ともいっしょに失業してしまった。すでに中年に達しているこの夫婦には、高校生の娘が一人いる。本来、静かなはずだった生活が、いっぺんに当てのない生活になり、仕方なく陳さんの一家3人は、陳さんの実家に身を寄せた。

邱燕清さん(右)は、レイオフされた人の家を訪問する

 陳さんの母は娘をとても可愛がってはいたが、しかし年金生活の老人が長期にわたりこのような圧力に耐えられるはずもなく、そこで住民委員会を訪ねた。住民委員会で、再就職の斡旋の仕事を担当している邱燕清・副主任が奔走してくれ、陳美栄夫妻はついにある不動産管理会社の仕事に就くことができた。現在、夫妻2人の収入は毎月1500元ぐらいあり、生活を再び安定させることができたのである。

 ここ数年来、国有企業改革が深まるにつれ、失業したり、早期に退職させられたりする人が増え、多くの人が元いた企業や会社を離れた。北京では2001年の失業者は16万人に達し、これらの人を順調に再就職させるのはきわめて難しい状況になっている。同時に、中国経済の景気予測センターの調査によると、67%の都市住民が、「社区」に専門的なサービス機関をつくり、修理や家事、家庭教師、配達、付き添いなどのサービスを提供してほしいと望んでいることがわかった。このために、今年、北京市は、「社区」の中に10万の仕事のポストをつくり、それで失業者の再就職問題を解決しようとしている。

このような健康スポーツ器具は、全国のどこの「社区」でも使われている

 宣武区は、北京の古い街で、伝統産業が多く、企業改革が行われた後には、レイオフ(一時帰休)されたり、早期退職したりした人がここにかなり集中している。しかもこうした人たちは年齢が高く、専門の技術もない人が多い。

 そこで宣武区は、失業者の再就職と「社区」のサービス機能の拡大とを結び付け、積極的に「社区」の中に新しい仕事のポストを開発することにし、政策的に優遇措置を講じてこれを誘導した。「社区」の中で新たに作り出された仕事は、食料品の配送、警備、車や自転車の管理などのサービスである。同時に「社区」は、「労働力派遣組織」を設立し、住民のためのサービスのほか、病院やホテル、役所や企業などの機関までサービス提供の対象を広げた。

図書室は、「社区」住民の好きな場所だ

 「三義東里社区」の住民は、その90%がもとは国有企業の労働者で、レイオフされたり、早期退職したりした人が非常に多い。再就職担当の邱副主任は「再就職の仕事はきわめて難しい」と言う。再就職の仕事をうまく行うために彼女は、「社区」の2000余の全家庭をたずねて、その状況を理解しなければならない。そのうえ各家庭、各個人で状況も要求も異なり、再就職に対する考え方もそれぞれ異なっている。

 住民委員会には、再就職に関して正式なルートや情報源はない。完全に住民委員会の幹部が熱心に掘り起こしてくるのに依存している。彼らは親友や知人の提供してくれた情報を利用して、四方八方に「出撃」しては、レイオフされたり失業したりした「社区」の住民の、再就職の道を探す。

 「社区」の周辺に大きいマーケットやホテルが開業するというと、邱副主任は急いでそこへ行き、責任者を訪ねて、労働者を募集するつもりか、どんな条件か、と尋ねるのだ。また「社区」の中に製品を売りに来る企業があると、彼女はまず、人材募集の有無を尋ねるのだ。住民委員会を代表して表に立つため、彼女には比較的信用があり、売り込みの効果は悪くない。今年になってから、彼女はすでに200人の仕事探しを助けた。住民委員会の幹部は、みんなのためにこれらの仕事を行っていて、費用はまったく無料である。

未来の「社区」はどうなる

 1990年代の中期から、民政部は全国で次々に、「社区」建設の実験区26カ所を設立し、そこでさまざまな実験を行うことを許している。

 遼寧省瀋陽の「春河社区」では、住民が投票を通じて「社区」住民委員会を選んだ後、さらに「社区」の代表大会、「社区」の議事協商委員会、「社区」の党組織を作り上げた。「社区」代表大会は住民代表によって構成され、定期的に「社区」の事務を討論する。「社区」の議事協商委員会は、「社区」住民委員会に対して民主的な監督を行う責任を負う。現在多くの地方では、こうした組織的枠組みで「社区」は運営されている。

「社区」での英語の授業

 湖北省武漢の江漢区では、区政府がその職責を変え、「社区」の中にまで仕事を広げ、住民の中に深く入り込んで状況を理解するよう求められている。たとえば街道弁事処は、労働者の就業に責任を負っていて、「社区」の住民中に直接、深く入り込んで状況を理解し、関連する仕事をうまく行う責任がある。こうした職責を住民委員会に移して、具体的な仕事を行うよう命じることはできない。

 江蘇省南京と山東省青島の一部の地方では、街道弁事処というこの政府の出先機関を取りやめて、代りに政府の行政事務受理センターを設け、もともと数十人で構成されていたものを、有能で精力的な数人で行うことになった。実はこのような改革は、さらに進んで、政府の行政体制の改革にまで及び始めた。

 各地の「社区」の建設は、その発展に違いがあるが、未来の「社区」の生活環境が優美で心地よく、安全で便利なものになるよう、すべての人が望んでいる。人々は、医療や保健、教育、ショッピング、家事などの多方面の要求を、みな「社区」の中で満たすことができるようになるだろう。同時に、「社区」の中の事は、住民たちが自主的に決定する。住民はもはや単なる管理される者ではない。「社区」という大家族の中の主人になるのだ。

 これまで中国人の習慣は、「用があったら政府を訪ねる」だった。しかし、「社区」建設の発展につれて、人々は、生活上の多くの問題は、社会に頼って解決するばかりではなく、自分の力によって解決しなければならない、ということを悟り始めた。長い間希薄だった社会生活への参加意識と民主意識がよみがえりつつある。中国社会が民主的政治に向かうことに対し、これは重大な意義を持つものだといえよう。

 しかし、一方で、商業的な分譲マンションがますます多くなり、その管理は、管理会社が行っている。こうした分譲マンションに「社区」ができるのか、そしてどういう活動を行うのか、これはしばらく時間が経たなければ、はっきりしたことは分からない。(2002年10月号より)