【画家たちの20 世紀(14)】



60年代の内面世界を表現 孫滋渓

                       文・陳瑞林


『天安門前』
155×285センチ 油彩 1964年
中国美術館蔵
写真提供・中国油画学会

 北京は、中国の首都であり、政治の中心である。天安門は、中国政治の象徴であり、多くの重要な政治行事は、例外なく天安門広場で行われる。そのため、旅行や仕事で北京を訪れる人々は、必ず天安門に足を運び、祖国への熱愛を表し、中華民族としての誇りを示す。

 『天安門前』は、「文化大革命」前の1964年に創作された油絵だ。当時は、「文学・芸術は労働者、農民、兵士に奉仕する」「プロレタリア政治に奉仕する」というスローガンが、中国の油絵創作の指導的思想となっていた。この作品にも、時代的特徴が色濃く反映されている。

 作者・孫滋渓は、北京観光に来た人々が、天安門前で記念撮影をするありふれた場面を通して、あの時代の中国人の感情を的確に表現した。作品では、大衆の温厚で素朴な外見や、一人ひとりの違った表情から、彼らのうきうきとした気持ちが生き生きと表現されている。作者は、中国の伝統的な審美習慣に沿った風俗画画法を採用し、さらに、全く新しい手法で時代感を際立たせた。また、左右対称の構図によって、絵に落ち着きを与え、天安門の壮麗さを体現している。その他、自然光の濃淡をぼかし、背景の存在と質感を失わないように、人物とモノの線の構成処理を強調した。青空と白雲は、赤と黄を基調とする天安門城楼を際立たせ、温かさを感じさせる。黒を中心色とし、整然と並んだ農民の姿によって、作品の安定感も増している。これは、背景と調和して、全体としてバランスの取れた芸術的効果を収めている。

 『天安門前』は、当時の中国人の毛沢東に対する尊敬と熱愛を表現した作品だ。作者は、労農兵大衆の内面にある真摯な気持ちをありのままに表現した。当時画壇で台頭しはじめていた、うわついた極左的な創作気風とはまるで違った表現は、画壇に大きな影響を与え、六〇年代の中国油絵の代表作の一つとなった。

 作者・孫滋渓は、1929年、山東省竜口市に生まれた。45年、八路軍に入隊し、長く文芸活動に従事した。58年に中央美術学院を卒業し、卒業後は同校にて教鞭をとり、現在は教授を務める。40年代末に美術作品を発表し始め、主な作品に油絵『母親』『同級生』『五目並べ』、石版画『小八路』、小説『林海雪原』の挿絵などがある。今回紹介した油絵『天安門前』は、もっとも代表的な作品である。 (2002年2月号より)