【画家たちの20 世紀(17)】



さわやかな寒色のタッチ 劉春華

                       文・魯忠民


『毛主席、安源へ』
220×180センチ
油彩 1967年
中国建設銀行蔵

 今日、画家の劉春華を話題にしても、多くの人、特に若者は、誰のことかわからず、首をかしげるだろう。しかし、「文化大革命」のさなかには、知らない人はいないほど有名だった。

 彼による油絵『毛主席、安源へ』は、当時の中国で広く親しまれ、各種出版物に掲載された回数は九億回にも達した。その上、工場や炭鉱、政府機関、軍隊、学校、農村のあちこちに巨大な模写があらわれ、目立つ場所に「堂々と」掲げられていた。このような現象は、おそらく、世界の芸術史上まれにみることだろう。

 ある日本の美術雑誌では、この油絵は、「20世紀に世界で最も影響力のあった百の美術作品の一つ」として紹介されていた。

 『毛主席、安源へ』は、1967年に創作された。当時は、「文化大革命」が最も激しかった時期で、正常な美術創作、美術教育、美術展覧会、出版活動などが、機能停止に陥っていた。ほとんどの著名画家は、それぞれ何らかの迫害を受け、創作活動をすることができなかった。

 当時、中国美術界では、「革命の大批判」が行われていた。指導者像を描き出す手法が多用され、油絵は、悲惨な時代に平和を装う、「文化大革命」を賛歌するための道具になっていた。人々が目にできたのは、巨大で、変わりばえがなく、プラス面ばかりを強調した、雑な作品ばかりだった。

 こんな時代に発表されたのが『毛主席、安源へ』だった。この絵は、人々の油絵に対する「視覚」を一新した。青と緑という寒色を基調とし、簡素な長衣を身につけた青年時代の毛沢東は、はつらつとしていて、普段見慣れた「軍服姿で赤い腕章をつけた偉大な指導者のイメージ」をしばらく忘れさせる力がある。そして、一種の親密感を呼び起こし、重苦しかった生活に、さわやかな風を吹き込んだ。

 もちろん、「三つの突出」という、文革時代の文学・芸術創作の影響からは逃れられなかった。「三つの突出」とは、作品では、必ず積極的な人物を強調し、その中の英雄的人物を強調し、さらにその中の特に英雄的な人物を強調するという手法である。

 同油絵の人物配置、人物の表情、手の動き、早朝の雰囲気を出すためのぼかし、背景の天空、山々、黒い雲、手に持った傘などの要素は、よく構想を練り、何度も推敲が重ねて決められた。青年・毛沢東は、生まれたばかりの太陽のように誇張されて描かれていて、風雲急を告げる暗黒の中国に希望の光をもたらし、暴風雨が過ぎ去った後に雲が切れ、霧が晴れることを予期させている。

 当時の出版物には、「これは革命の現実主義とロマン主義が結合した作品である」との評論が掲載されている。

 劉春華は1944年10月、黒竜江省泰来県に生まれた。63年、遼寧魯迅美術学院の附属中学を卒業後、中央工芸美術学院の装飾学部に入学、68年に卒業した。その後、北京出版社にて美術編集担当、のちに副編集長を務め、79年から、北京画院にて中国画の創作に従事した。87年以降は同画院の副院長、院長を歴任し、現在は、中国文学芸術界連合会理事、北京美術家協会副主席を務める。98年には「97年中国画壇百傑」にも選ばれた。(2002年5月号より)