【上海スクランブル】


社交ダンスはコミュニティー
                             須藤美華

社交ダンスを楽しむ
 街が刻々と変化を続ける上海は、1、2カ月でガラリと街並みが変わる。以前来たことがあるからと見当をつけて歩いてみたけれど、どんどん新しい建物が立ち並び、戸惑うこともしばしばだ。しかし、そんな変貌を続ける街にも、変わることがない風景がある。早朝、街のあちこちで見かける踊りのある風景も、そのひとつだ。

 早朝7時の外灘。社交ダンスを楽しむ人々が次々に集まってきて、8時過ぎまでステップを踏む。微笑ましい光景を眺めていると、「踊らないの?」と声をかけられた。 

 「踊れませんから」と二の足を踏む私に、手が差し出される。ここまでされたら、踊るしかない。イー、リャン、セッツ。イー、リャン、セッツ…。上海語で1、2、3のリズムをとりながら、にわかレッスンが始まった。

 私の手をとってくれたのは、60代の男性。健康のために一年くらい前から始めたというけれど、どうしてどうして軽やかなステップだ。

太極拳のグループも

 なんだか照れくさくなって小休止をしていると、今度は皆から先生と呼ばれる女性が、ダンスを始めたばかりの初心者の輪に呼んでくれた。まずは、基本ステップの練習。これをマスターすると、今度はペアを組んでの復習だ。次の私のお相手は、70代のおじいちゃん。丁寧に何度も何度も繰り返す。だんだん余裕が出てきて、おじいちゃんと目を合わせると笑みもこぼれるようになった。

 ダンスの輪は、時間が経つに連れてふくらむ。具合が悪くてしばらく休んでいた人が数日ぶりに顔を出せば、おしゃべりにも花が咲く。

 お年寄りがこんなふうに気軽に集まれる、一種のコミュニティーが中国にはたくさんあって、見ているだけで気持ちが和んでくる。中国のお年寄りは本当に元気で幸せそうだ。適度にからだを動かし、おしゃべりし、そして大きな声で笑う。中国のお年寄りの「元気の素」は、存外こんなサークルのなかにあるのかも知れない。

ダンスサークルでは、熟練者は軽やかに、初心者もそれなりに、ダンスを楽しんでいる。時には、淡い恋心も芽生えたりするのではないだろうか、おじいちゃんはウキウキ、おばあちゃんも華やいで見える。

 お年寄りの人口が増える上海では最近、高齢者問題がクローズアップされるようになっている。街も変貌し、人々の生活が便利になった反面、ご近所同士も疎遠になり始めているが、いつまでもお年寄りが今のように明るく集まって来られるコミュニティーが存在する社会であってほしいなと思う。

バツイチたちの縁結び

イー、リャン、セッツと軽やかなステップで

 それにしても中国人は社交ダンスが、大好き。30代以上ならほとんどの人が踊れる。朝6時半くらいから8時半までの2時間、公園や広場など街のあちこちにダンスサークルが生まれる。健康を目的としている人が多いけれど、最近はバツイチたちの縁結びにも一役買っているらしい。バツイチ組はお手合わせをしながら、再婚相手を探すらしい。からだは健康になり、うまくすれば再婚相手も見つかるなんて、まさに一石二鳥のサークルだ。

 早朝の外灘には、社交ダンスのほかに、太極拳のグループもあるし、農村の豊作祈願の踊り「秧歌踊り」など、サークルもさまざま。こちらは先生を除けば、4、50代の女性ばかり。お年寄りたちの社交ダンスと違って、彼女たちはイベントやコンクールなどにも出場するためか、緊張感が漂っている。

 8時前後になると、1人2人と輪から人が抜けていく。お年寄り以外は、ひと踊りしたその足で出勤するため、ダンスの輪の周囲には通勤カバンが置かれ、自転車が横付けされている。

 「また、明日」。仲間に声をかけて、自転車が1台、2台と去っていく。さぁ、今日も元気に上海の一日が始まる。(2002年9月号より)