【上海スクランブル】


蟹の季節がやってきた!
                             須藤美華

食べ頃の蟹を蒸した「清水大閘蟹」
 上海に、蟹の季節がやってきた! 「大閘蟹」と書かれた真っ赤な張り紙や垂れ幕がレストランの軒先にかかり始めると、上海は秋を迎える。大閘蟹とは、言うところの上海蟹で、上海近郊の陽澄湖や無錫太湖などの淡水湖に生息する小ぶりの蟹だ。

 ところで、「大閘蟹」という言葉、上海の人々に由来をたずねても首をひねるだけ。「閘」が水門の意味から「水門の近くにいた蟹だったためかな」など、あやふやな答えもあったが、上海蟹文化協会の専門家の話を聞いて、ようやく謎が解けた。

 「『閘』の発音は『ソウ』と同じ 。『ソウ』は本来、油で揚げるという意味だが、呉地方(江蘇省南部と浙江省北部)の方言では、熱湯に通すという意味。この地方の蟹の種類は多く、小さいものは酒漬け(酔蟹)にするが、大きいものは熱湯に通して食べたため、『ソウ蟹』と呼ばれるようになり、それが次第に同じ発音の『閘蟹』となって、『大閘蟹』として広まった」

 早速、日本から訪れた友人ににわか仕込みの薀蓄をたれながら食してみると、一層おいしいものに思えてきた。

蟹を食べずして上海の秋は語れない

 毎年夏が終わりに近づく頃、地元メディアでは蟹相場の報道が始まる。上海っ子たちの間でも蟹の大きさや価格が話題に上るようになり、ワクワクしながら蟹の季節を迎える。

 シーズンが到来すれば、最近目立って多くなっている養殖モノや産地偽装に騙されないため、本物の見分け方講座がニュース情報番組に登場し、否が応でも気分は盛り上がってくる。こうして、蟹を食べずして上海の秋を語ることはできなくなる。

蟹とアサリのとろみスープ

 蟹好きが高じてか、上海では昨年の夏、「香辣蟹」という料理が大ブームとなった。真っ赤な香辛料で味付けされた蟹のブツ切りで、とにかく辛い。ブームの火付け役となった店の前は、真夏だというのに毎日行列ができ、類似店が街にあふれた。

 やがて、衛生問題や産地偽装問題が報道されたこともあって下火になったが、一番の理由は上海っ子にとっての「本物の蟹」の時期を迎えようとしていたからではないかと思う。

 話を戻そう。では、「本物の蟹」の食べ頃はというと、「九雌十雄」(旧暦で雌は9月、雄は10月)。冷たい風が吹き始めると、その寒さのために蟹の動きが鈍くなり、体内に肉やミソを蓄えるからだ。

 上海ではこの時期、どこのレストランに入っても口にできるが、蟹尽くしの贅沢なフルコースを出す店もある。「王宝和酒家」がそれで、蟹専門の老舗。創業1744年、260年近い歴史を誇る。福州路にある本店以外に、本店が母体となったホテル「王宝和大酒家」でも老舗の味を堪能できる。歴史もさることながら、正真正銘の陽澄湖産の蟹を使っていると、上海っ子から絶大な信頼を得ている。

蟹と紹興酒にこだわり続けた老舗

蟹料理の老舗王宝和酒家本店

 蟹尽くしのコースは、あさりや海老、フカヒレ、車海老、すっぽんに季節の野菜…と、相手を換えた蟹料理が次々に出てくる。調理法も、揚げる、煮込む、炒めるとアクセントがつけられ、彩りも鮮やか。そして、メインの「清水大閘蟹(蒸し蟹)」の登場だ。上海っ子が夏の終わりから待ち焦がれる蟹ミソは濃厚で、格別の味だ。蟹肉は、まろやかな辛味が絶妙の黒酢と生姜の薬味でいただく。

 蟹は時価なので多少の変動はあるが、コースはおよそ400〜600元の3種類が用意されている(9月現在、1元は約14円)。

 淡水蟹は中医学で言うと、体を冷やす「陰性」の食物。だから中国では蟹料理を食べる時には、必ず生姜や紹興酒などの「陽性」の物を口にして、お腹を中和させる。蟹料理の最後に生姜湯が出てくるのも、そのため。

 王宝和はそもそも紹興酒醸造から始まった店。今も紹興市で紹興酒を作っており、蟹料理専用の紹興酒もある。蟹と紹興酒にこだわり続けた店だけが出せる、蟹を引き立てつつも蟹に負けない味わいだ。こうして濃厚な「蟹の宴」を満喫すると間もなく、上海は初冬を迎える。(2002年11月号より)