【清風茶話G】


茶を楽しむ友のこと

                        日本在住中国人作家 キン飛


  《プロフィール》
チン・フェイ。北京生まれ。中学教師、記者、編集を経験後、94都市東京へ移駐。朝日文化センター、東京大学などにて教鞭を取り、80年代末、文筆活動を始める。エッセイ集『風月無辺』『桜雪盛世』『北京記憶』など著書多数(中国語)。北京作家協会会員。

 「茶を喫するときは、瓦屋根で障子のある家の中で、清い泉の水で緑茶を入れ、質素で気品のある茶道具を使い、2、3人でいっしょに飲むべきだ。半日ほどの暇な時間を過ごすことができれば、それは十年も見てきたささやかな夢にも匹敵する」――これは周作人(知堂)の有名な言葉である。

 時の移り変わりにつれて、瓦屋根の家を見つけるのは容易なことではなくなったが、探せば探せないこともない。清泉の水も緑茶も入手できないことはなく、質素で気品のある茶具も、金さえ出せばいつでも店から家に持ち帰ることができる。

緑茶を味わうには、質素で気品がある陶磁器の茶道具が必要だる

 最も難しいのは、ともに茶を飲む2、3人の友を探すことである。私の夢見てきた人生は、いっしょに茶を飲む友が数人、いっしょに酒を飲む友が数人、いっしょに芝居を観る友が数人、いっしょに山水の美しい景色を楽しむ友が数人いて、そしてまた美しい友、みやびな友、笑い話をする友、辛抱強く私を許してくれる友……こうした友達が数人いることだ。

 親友を得ることが人生で最も難しいことだと私は思う。だから私は、もっとも得がたい親友は求めず、その次のものを求めようと思う。それは「おもしろさ」を知っており、その味がわかり、それが私と共通している友のことだ。しかしいったいどこを探せば、それほどの多くの「おもしろさ」がわかる友を得ることができるのだろうか。

 しかし、茶や酒、芝居、山や水にめぐり合うたびに、なんとかしてこのささやかな時間を、ともにのんびりと過ごしたいと思う友が殊のほか欲しくなる。だが、そうした友を得られないときは、いつも、あの李白の詩のような気持ちになる。李白は『月下独酌』で「盃を挙げて明月を邀え 影に対して3人と成る」とうたった。

 川端康成がノーベル文学賞を授賞したときの演説の中に、こんな話があって、それは李白の詩作の注釈を彷彿させると私は感じる。川端は、古今東西の美術に通じた博学の矢代幸雄博士の、日本美術の特色の一つは「雪月花の時、最も友を思う」という簡潔な言葉で表現できる、という見解を紹介したあと、こんなことを言っている。

 「雪の美しいのを見るにつけ、月の美しいのを見るにつけ、つまり四季折り折りの美に、自分が触れ、目覚めるとき、美にめぐり合う幸いを得たときには、親しい友が切に思われ、この喜びを共にしたいと願う、つまり、美の感動が人なつかしい思いやりを強く誘い出すのです。この『友』は、広く『人間』ともとれましょう。また『雪、月、花』という四季の移りの折り折りの美を現す言葉は、日本においては山川草木、森羅万象、自然のすべて、そして人間感情の美をも含めての、美を現す言葉とするのが伝統なのであります。そして日本の茶道も、『雪月花の時、最も友をおもう』のがその根本の心で、茶会はその『感会』、よい時によい友が集うよい会なのであります」(毎日新聞社刊『現代日本のエッセイ・一草一花・川端康成』から、仮名遣いは現代仮名遣いに直した)

 しかし、茶を飲むたびに私は李白の詩や周作人と川端の話をじっと考えてきたが、ついにある日、この中の違いを発見した。いずれも同じように友を思う詩なのだが、李白と周作人と私は(といっても、李白や周作人と自分を同列に置くほど思い上がっているわけではなく、3人とも中国の文化体系の中に属しているということを言いたいだけなのだが)、自己中心で、茶は「私」が味わうものであり、友人や明月は、あくまでも「私」のお供に過ぎないのだ。

 これは、李白が「我酔いて眠らんと欲す 卿且く去れ 明朝 意有らば 琴を抱いて来れ」とうたった詩に、明確に示されている。つまり、彼は酔って眠くなったから、友は帰るべきだ。また酒を飲む時には、彼のそばで友に琴を弾かせたいというわけだ。

 周作人の話も、共に茶を飲む2、3人の友を、瓦屋根の家や障子や清泉の水や緑茶と同列に扱い、自分が茶を飲む時の楽しみを増すためのものだと考えている。私の場合はもっとそうなのである。

 しかし川端の場合は、「私」を含む「人」を大自然の雪、月、花や茶の中に融け込ませてしまう。「人」が自然の中に融け込もうとすれば、「人」は雪、月、花や茶のように、素晴らしいものでなければならない。「人」の素晴らしさというのは、「人」に本来備わっている麗しい感情と、人と人との間の麗しい感情のことである。

快適で静かな茶館で雑談するのも楽しみの一つ

 茶の話から発展して言えば、人間と自然の関係について中国文化は、全体から見れば、自然は主として人間のためにあり、人間に重きを置いている。だが日本文化は、神道の影響を受けて、人と自然との日本独特の体系を形成し、自然を深く畏敬し、人が自然を凌駕することを許さない。ここが中国文化と日本文化の根本精神が違うところだ。

 同じような違いを、精神と肉体との関係、哲学と芸術との関係、宗教と倫理との関係などにも見ることができる。日本は長期にわたって中国文化を学んで来た。だから両国の文化を観察するとき、最初はみな、似ている所が多いと感じる。だが、表面の似ているところのその奥にある文化心理の深層を比較すれば、両国の文化の隔たりはかなり大きいことがわかる。

 茶のありようを比べれば、中国の茶文化と日本の茶道は、見かけは似ているが、実はその精神はきわめて異なる。

 私はここで、両国の文化に関して、一つの比喩を提起してみたいと思う。それは、中日の文化は牡丹と芍薬のようなものだ、ということだ。花の形は似ているが、牡丹は木であり、芍薬は草である。同類とはいえないのである。(2002年9月号より)