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ますます拡大する通勤圏 通州—石景山

 

1960年代、長安街は西は石景山まで、東は通県(現在の通州区)まで延長された。1999年の改修では、さらに東西へ向かってそれぞれ通州運河広場と首都鉄鋼工場の東門まで延びた。同時に、最東端には1000ムー(1ムーは6.667アール)の運河緑化広場、最西端には噴水公園が造られた。このとき長安街は二環路、三環路、四環路、五環路に囲まれた新しい北京を貫くように走った。その長さは最初の7.4華里、13.4華里から94華里まで延び、長安街は「十里長街」から「百里長街」へとなり、北京の東西を貫く主要交通動脈となった。この開通は、東西両端の通州区と石景山区に大きな変化をもたらした。

北京CBDの裏庭

悠久の歴史を持つ通県八里橋。間近に迫る林立する高層住宅
京通快速道路や都市軌道交通で天安門から東へと走ると、通州に着く。

北京の東門として、通州区は恵まれた位置にある。京杭大運河の最北端に位置し、北京CBDに隣接し、天安門までわずか20キロの距離にある。10~13世紀の遼、金の時代から、通州は歴代の政府の食糧を南から北へと輸送する重要な穀物倉庫であり、「京東の穀物倉庫」と称えられてきた。

北京のビジネスセンターが東へと移行し、不動産市場も急速に発展したことで、地価の高い長安街にますます多くのオフィスビルが建てられるようになった。特に東のCBDに多くのホワイトカラーの人々の住居や国内外の企業が集まっている。付近の住宅は飽和状態となり、少数の高級アパート以外、中低収入層の人々が暮らせる住宅の非常に少ないエリアとなった。そこで、国貿中心からわずか13キロの距離の通州が、これまでの「郊外」から「CBDの裏庭」にその存在感を変えつつある。

賈さん(28歳)は、あるバーでバーテンダーとして働いている。実家は西三環路の方だが、店は東三環路近くの三里屯にあり、毎日市内を西東に横断しなくてはならず、少なくとも通勤に1時間はかかってしまう。渋滞すれば、さらに時間がかかる。仕事場の近くで住宅を買うつもりだったが、驚くほど高く、手が出せなかった。2004年、友人からアドバイスされたのをきっかけに、賈さんは通州に70平方メートルあまりの住宅を買った。1平米当たり3350元という価格は、市内の半分近い安さである。今や賈さんはマイカーで京通快速道路を走って、30分もあれば勤め先に着ける。渋滞もまったくない。

後になってから、賈さんは友人や同級生も多くが通州に住宅を買っていたことを知った。バスケットボールチームを結成し、たびたび集まっては練習や試合をしたり、イベントを開催したりしている。この数年で、ますます多くの人々が通州に注目するようになった。現在、通州に住宅を購入した「新移民」は30万人以上、ほとんどがCBDで働くホワイトカラーである。

北京と杭州を結ぶ歴史ある京杭大運河
住宅価格が安いほか、交通が便利になってCBDとの距離が縮まったことが、住宅購入者を引きつけた。通州と市の中心部は5本の幹線道路で結ばれ、車なら京通快速道路を走れば20分でCBDに着く。さらに、30本のバス路線、800台あまりのバスのおかげで、中心部に入るのもますます便利になった。2003年末にはCBDビジネス区と通州区をつなぐ地下鉄「八通線」も開通し、30分で確実に市内の中心部に着けるようになった。この地下鉄の開通にさらに多くの人々が魅力を感じ、通州の住宅を購入した。周辺の不動産価格は、平均30%以上も上昇した。

2005年『北京都市総体計画(2004~2020年)』が公布され、通州は「重点的に発展させる新しい街の1つ」と位置づけられた。これは通州不動産業の発展を大いに刺激した。ディベロッパーはさらに「北京CBDの裏庭」というスローガンを打ち出し、住宅購入者の目をひきつけた。03~06年、通州で開発された団地は1000万平方メートルに達した。CBDのホワイトカラーが買った住宅が30%を占める団地もある。住宅の価格もそれにともなって上昇し、2008年、一平米当たりの住宅価格は7000元まで上った。

西長安街と首都鉄鋼集団

長安街を西へ向かい石景山区を進むと、長安街の最西端、北京首都鉄鋼集団の東ゲートに到着する。

「首都鉄鋼集団が移転するよ」――これは、ここ数年北京市民の間で熱く語られている話題の1つだ。

北京最大の製鉄所である首都鉄鋼集団は、長きにわたって北京の誇りであった。1919年に設立されたこの製鉄所は、新中国の成立後、すさまじい勢いで発展を遂げてきた。最盛期には年間の鉄鋼生産量は800万トンを超え、従業員は24万人以上。90年代の初めには中国最大の製鋼企業になった。統計によると、同集団の生産額は、石景山区経済総生産額のほぼ半分を占めたという。同集団の発展とともに北京西側の人口も徐々に増え、ついには石景山区という行政区になった。約3分の1の人口は同集団の関係者だそうだ。

このような輝かしい歴史がある一方で、同集団の工場は北京に空気汚染など多くの問題を招いていた。また設備劣化などの問題もあり、移転を検討していたという。2001年、北京はオリンピックの開催地に決定。国際オリンピック委員会が定めた開催国の環境規準を満たすため、北京市政府は、温室効果ガスの排出削減や大気環境の改善に大きな力を注いだ。そして緑化環境都市の造成のため、政府は同集団を河北省唐山市曹妃甸工業区に移転することを決めた。

2005年6月30日、半世紀近く燃え続けてきた5号高炉が火を落し、ついに移転が始まった。計画によると、移転は5年がかりで2010年に終わるという。

西長安街の延長

首都鉄鋼集団の移転は、石景山区に広大な敷地が出現すると同時に、長安街にも新しい変化をもたらす。

長安街の延長線沿いに進められている大規模な土木工事。石景山区で開発中のビジネスエリア

北京市政府の計画では、西長安街は工場跡地を横断し、さらに西へ4キロの門頭溝区まで延びるという。石景山区には老山自転車館、五棵松バスケットボール館、国際彫塑公園など、さまざまな文化レジャー施設がオープンし、次第に快適な生活地域に変わりつつある。

「長安街の延長線が首都鉄鋼集団を通り抜けると、石景山区にとっての『繁栄の道』も開通します。これから石景山区は西エリアの総合サービスセンターと首都文化・レジャー・娯楽区(CRD)の建設に力を尽くします」と石景山区の王紅副区長は話す。

移転後の7平方キロ余りある同集団の跡地は、北側の2つの貯水池を中心に工場の建物を再利用する予定だ。工業の研究開発を主とした文化施設などを建設し、エリア内に工業文化をテーマとした公園も併設されるという。

長安街の西の端、永定河沿いの工場西側には新しい行政センターが、西南部分には観光・レジャーエリアが建設される。また、長安街の延長線上に中央政府の行政区建設計画があり、政府機関が移転してくるそうだ。環境や立地の良さに引かれて、今後ますます多くの企業が石景山区へと移ってくるだろう。

北京の都市化に従い、首都鉄鋼集団は大きな変身を遂げようとしている。西長安街の西側周辺には、さらに美しい風景が広がることだろう。

 

人民中国インターネット版 2009年3月1日

 

 

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