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アートで他者とまじわる子どもたち

 

ニューヨークの子どもたちと作品交流  

頭に描いたことは、1つひとつ実現してきた。時に唖然とするほどのフットワークの持ち主でもある。しかし、こうした行動力が想像以上の結果を生んできた。冒頭に紹介したニューヨークとのやりとりも、当初は「以前交流したことがある」というだけだった。  

1999年に行われたその1回目の交流も、王先生の飛び込みから始まった。何の当てもないままニューヨークへ渡り、方々のつてを頼って中華系公立学校「PS1M」にたどり着いたのだ。この学校の教師たちにしてみれば、会ったことも聞いたこともない日本からの旅行者。でも、「海外に点在する華僑華人の子どもたちとの作品交流を」と資料片手に熱弁をふるったら、「面白そうね」と賛同してくれた教師がいた。

11年ぶりに訪れたニューヨーク中華系公立学校で、「幸せのタペストリー」企画について説明をする王先生(右端 写真提供・王節子)

とはいえ、あれから11年が経つ。現担当者の名前も連絡先もはっきりしない。王節子を知る人など、いないかもしれない。「ならば行ってしまおう!」という発想の転換は、彼女ならではだ。11年ぶりの学校訪問には幸運な偶然が重なった。「9・11事件」以降の厳しい警備が続いていたが、先方の勘違いで入校を果たす。校内は知らない顔ばかりだったが、当時を知る教師を見つけだすことができた。  

しかしこの時は、色よい返事が得られない。「それなら」と、二度目の渡米。今度は制作に必要な素材を持参した。帰国後、諦めかけていたときに、作品交流快諾の返答を得る。  

学校内中央にある吹き抜けに、つながれたタペストリーが揺れている。その下で、子どもたちが仲間の「幸福な時、幸福なこと」を1枚1枚読んでいる。565枚もある生地は、毎日少しずつ子どもたちの手によってつながれた。日々変化していく作品を全校児童・生徒が見守ってきたのだ。ニューヨークの子どもたちから生地が届いたら、一緒につなげて横浜中華街で展示することになっている。その後、この作品をニューヨークのチャイナタウンで展示することも計画中だ。  

タペストリーを構成する生地の1枚1枚には、子どもたちの様々な想いがこめられている。「夢をもてること」「悲しんでいるときに手をさしのべてくれる人がいること」「家族がいること」……。今回の作品制作を通して子どもたちは、今まで当たり前のように過ごしていた日々が幸せだと思えるようになった。  

横浜とニューヨーク、国は違うが、同じ華僑の子どもたちにも思いを馳せることができた。ニューヨークの子どもたちは、「9・11」の恐怖を間近で体験している。王先生は、自ら訪れたルワンダのことも話して聞かせた。今も、世界のどこかで戦争は続いている。「幸福な時、幸福なことは何ですか」。改めて問いかけると、子どもたちは心の目を開いた。「劣悪な環境や悲惨な状況で生活している子どもたちがたくさんいることを知って、自分たちが置かれている恵まれすぎた環境に気がついた。私たちの感覚は鈍っていたのだと思う」。こう話した子もいた。今回の作品を通して子どもたちは、いつも机を並べる仲間が感じる幸福にも目を向けた。

子どもたちが描いた「幸福な時、幸福なこと」 各国各地へ行くたびに、子どもたちに見せたいものを持ち帰る。これは、ニューヨークチャイナタウンで見つけたもの。現地での出来事を聞きながら、子どもたちは獅子舞玩具を手に歓声をあげた
 

王先生は今も、各国各地に足を運んでは、自ら体感し交流することを続けている。その理由は、「自分の言葉で伝えたいから」。子どもたちに話したルワンダの出来事も、身をもって体験したことだ。とかく人は想像だけで物事を見がちだ。ルワンダにも様々なイメージがつきまとう。でも、王先生がそこで出会ったのは、どんな状況でも笑顔でたくましく生き抜く人々の姿だった。子どもたちはこうして、世界や他者と関わっていく。日本の中で華僑として生きていく彼らにとっては、かけがえのない糧になるはずだ。

まだまだ続く造形の道  

33年間、走り続けてきた。結婚、出産を経験し、2人の息子も社会人になった。順風満帆のようにも見えるが「辛くて辞めたいと思ったことはある」という。それでもここまで来られたのは「夫の存在が大きかった」と話す。中華学校の卒業生でもある夫・潘宏生氏は、折に触れて妻を叱咤激励してきた。否と思えば、妻であっても手厳しい。そんな宏生氏がここまで妻を後押ししてきたのは、「妻の向かっている先に、中華学校の子どもたちの姿があるから」だ。

夫の潘宏生氏は横浜山手中華学校の卒業生だ。 厳しい指摘をされることもあるが、最大の理解者である

つかの間の安らぎを満喫する自宅には、亡き母の写真を飾っている。「陽を追うヒマワリのように、前に前に進んでいく母」だった。3歳で来日した母は、同郷福建出身だった華僑2世の父と結婚する。身を粉にして働き、何軒もの店を切り盛りしながら7人の子どもを育てあげた。そんな母に甘えられる時間はない。幼かった王先生は、母が経営する洋裁店で待つこともあった。布切れに囲まれ、過ごした日々。どの色もとても美しく、退屈しなかった。これが、アートとの出会いだったのかもしれない。  

王先生は、今なお進化し続けている。昨年には、ニューヨークとやりとりをするかたわらで、横浜国際美術教育会を立ち上げた。まだまだやりたいことは数知れない。でも、ひとまず今は、ニューヨークから子どもたちの息吹が届くことを、楽しみにしている。

 

人民中国インターネット版 2011年6月

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