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透かし彫りと重ね塗りを統合 山水画家 李宝林氏

 

本誌特約ライター・文君=文

リズミカルな線の魅力

プロフィール

李宝林 (Li Baolin り・ほうりん)

1936年吉林省四平市生まれ。中央美術学院中国画学部卒業。現在は中国国家画院国画院副院長、中国美術家協会河山画会会長、中国画学会副会長など。作品は、第6回から第10回の全国美術作品展覧、百年中国画展、北京当代国画優秀作品展に入選している。『李宝林画集』『李宝林人物画集1958~1988』『北京当代国画優秀作品集――李宝林』『中国近現代名家画集――李宝林』が出版されている。

中国伝統書画理論としての一つの重要な観点である書画同源という言葉には二つの意味が含まれている。一つは中国の文字と絵画の起源が互いに通じるところがあるということで、漢字の起源は象形であり、絵画性という特徴を持つ。二つ目は書道と絵画の表現方法の面での共通性で、とりわけ筆墨の使い方に共通の規則性と美の基準を持つ。

李宝林氏は印章を作るわけではないが、金石篆刻に心酔している。古い碑や印、拓本のむら、破損、重厚さは、彼にひたすら思いをはせさせるもので、最も彼の内心の共鳴を引き起こす。このため、彼の絵画作品にも金石芸術の風格的特徴が見られる。

「鏤空」(透かし彫り)は李氏の比較的初期のスタイルで、このスタイルの作品では、ほとんど完全に線で形が描かれている。山石であれ樹木であれ、はたまた家屋であれ人物や鳥であれ、彼は線によって輪郭を描き出しており、まるで透かし彫りで作られたようだ。面白いことに、この「鏤空」スタイルの作品中の線は、形の上で確かに印鑑と同じように浮き彫りに見え、篆刻における陽刻(文字部分が浮き出る掘り方)によく似ている。

彼の恩師である李可染氏は、晩年の画作で点を集めて線を成す金錯刀という技法を用いた。李宝林氏も師の絵の中から、この線に関する見事な表現をしっかりと体得した。偶然にも、李氏は脳の疾患のため、中年以降は師と同様に両手が震えて、描く時には震えのそれほどひどくない左手でしっかりと右手を押さえ、震えの隙間を縫って素早く紙の上に線を描いている。理屈の上では、彼の絵の線も師と同様に途切れ途切れで、点が集まって線を成しているが、不思議なことに彼の描く線はかなり整っており、少なくとも形の上では非常になめらかに見える。ただ、線が曲がる場所では彼は常人が想像できないほどの困難を克服してなめらかで力のある線を描き出しており、見る人を粛然とさせる英雄的気質が感じられる。

大胆な重ね塗り

李氏はまた、「鏤空」の骨格の上に、さらに別のスタイルを発展させた。それが「厚抹」(重ね塗り)で、これは李可染氏の積墨法に啓発されたものだ。李可染派山水画の継承者として、李宝林氏は「積墨」(墨を淡から濃へ徐々に深めて塗る技法)の基礎の上に大胆に乱筆「皴擦」(重ねたりこすったりして山や岩の感触を表現する)の技法を用い、「焦墨」(水気の少ない、黒色の濃い墨)、「宿墨」(すってから一夜置いた墨)、「残墨」や鉱物顔料などを多層に塗り重ね、部分的に油絵のような多層効果を出していった。

やがて、李氏は「鏤空」と「厚抹」の二つのスタイルの統合に取り組み始め、このスタイルは彼が中国西北部の氷雪の山々のイメージを形作る中で高度な統合に達した。李氏は後になって、この山水画のイメージを発見し、全力を尽くして筆墨を用いて表現し描き出していった。これは彼の一生の絵画の帰結と言えるかもしれない。

 

 

『大美天山』

2014年

 

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