大家が詠んだ中国への思い 有馬朗人の俳句に宿る人生観

2020-09-07 16:39:19

夏瑛=文

王玉紅=絵

 中日科学技術交流に長年尽力してきた有馬朗人先生が、今年9月に卒寿を迎える。中国科学界では物理学者とノーベル賞候補者として知られる有馬朗人先生だが、本稿では私の知る俳人としての有馬先生とその人生観を紹介させていただきたい。

 

 

有馬朗人(ありま あきと)

1930年生まれ。東京大学総長、文部大臣、科学技術庁長官を歴任し、現在「天為」俳句会主宰、国際俳句交流協会会長、武蔵学園長、静岡文化芸術大学理事長などを務める。2008年と09年に中国科学院国際科学技術協力賞と国家友誼賞をそれぞれ受賞。19年、新中国成立70周年記念章受賞。

 

詩意的な句に見る中国への愛

 日中友好会館に勤める私は4年前、俳句の縁で有馬先生との出会いに恵まれた。2016年8月に「天為」俳句会に入会してから、毎月の例会で有馬先生と直接交流し、「有馬朗人研究会」で有馬先生の俳句を読み解く中で、有馬先生の俳句、特に中国に関する俳句に対する理解をより深めることができた。そして、それらの作品を通して有馬先生の人生観も少しのぞくことができた。

 

有馬朗人先生(中央)との記念写真(左・筆者、右・王玉紅)(写真提供・筆者)

 今回も王玉紅さんと共に有馬先生の作品を俳画で皆さんに届けようと試みたが、その中で王さんは俳画理論に対する研究と創作の実践から、「俳画には俳諧性と詩意性という二重の性格があり、俳句のイメージによっては俳諧的な表現も可能だが、高雅な詩意も表現できる。有馬先生の俳句のイメージはより詩意的に感じられる」と言っていた。有馬先生が詠んだ俳句は雑誌などで発表しただけでも1万句以上あり、中国と関係のある内容も多数ある。青少年時代、先生は『西遊記』『史記』など中国の古典を愛読し、李白、杜甫、王維の漢詩が好きだった。

 中国人として、有馬先生の中国に関する俳句を通して、歴史、文化、自然などの面で、自分の国の魅力を再発見することができるのはとてもうれしいことだ。万里の長城、黄河、長江、江南水郷および有馬先生の大好きな唐代の詩人・王維についての俳句は、表は叙景に見えるが、その奥からは歴史、文化、社会情勢、環境、中日交流の絆、個人の志、理想郷などが読み取れる。この奥深さには私自身も考えさせられることが多々ある。

 

凍り行く黄河と北をさす孤鳥

 有馬先生は俳句の役割をよく主張する。まず、俳句は自然を写生することを主題としているので作りやすい。叙景中心だから自然環境保護にもつながる。また、よい俳句を作るためには心身共に動かなければならないので、健康促進の効果もある。そして、俳句は世界で一番短い詩であるため、国と言葉の壁を越えて理解し、心を通じ合わせることができる。今、有馬先生は「ハイク」で理解し合って世界を平和にしようと提唱している。

 また、中国の五言絶句のような漢詩は非常に独特な文化であるため、漢詩や短詩の創作の風潮を喚起し、復活させるべきだし、西洋絵画ばかりではなく、伝統的な中国画の良さをさらに重視すべきだと、有馬先生は中国の伝統文化の再出発にも心を入れている。

 

子燕がのぞく老子の蒼きひげ

 

「生々流転」の人生観

 有馬朗人先生はその句集『流転』で、「私は生々流転という言葉が好きである。私の基本的な自然観であり人生観である」と語っている。

 人は何か一つの事業で成功を収めることすら難しいのに、有馬先生は物理学と俳句を両立しながら両方ともトップレベルに達した。有馬先生の最初の句集である『母国』の序に、恩師である山口青邨先生は、「朗人君はまだ若い。元気いっぱいである。二兎を追って二兎を獲得するであらう」(花神社『有馬朗人』、2002年より)との言葉を残している。そんな有馬先生は若い人に、やりたいものを早く決めて一つのことに努力しなさいとしばしば語っている。これは食べていくための「生業」と一致すれば一番理想であるが、そこまでいかなくても、生業を一生懸命やりながら、もう一つやるくらいの「一芸」が、大いに人生を豊かにする上で必要であると主張している。

 つい最近、日中文化交流誌『和華』のインタビューの最後にあった有馬先生のメッセージに大きな感銘を受けた。

 「科学技術を重視すると同時に文化もより重視してほしい。そして、定年退職する予定の60歳以降も仕事ができる場を充実させるべきだ。お金のためではなく、やりがいのために仕事ができれば、より幸せになれると信じている」

 

 有馬先生は今年の9月13日に卒寿を迎える。先生のご健康を祈って俳句と俳画を一句お贈りしたい。

 

二兎三兎追ふ師健脚鴻雁来 
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