|
中国浙江省温州市で23日夜に起きた高速列車の追突事故は、中国社会に強い衝撃を与えた。中国高速鉄道の安全性に対する疑問の声がかつてないほどの高まりをみせ、さらには中国全体の急速な発展も議論の対象となり、「中国の急速な発展という『大躍進』が高速鉄道の『大躍進』を促した」とのロジックで現今の中国を語る人も出てきた。議論の対象となっているのは鉄道部だけでなく、中国全体の発展モデルもその対象だ。
中国の発展モデルは非常に複雑なシステムであり、人為的な設計という要素がある程度含まれており、またその形式は各種のパワーや偶然の巡り合わせが絶えず積み重なってきた結果でもある。発展の速度の速さだけについて考えても、その成因と結果は批評者がいうほど単純なものではなく、客観的な分析を行えば、情緒的レベルでの結論とは違う結論が導き出されるのは当然だ。
中国の急速な発展の第一の動因は、貧しく遅れた国という状況を変えたいと願う中国自身の願望だ。この願望は中国政府の願望でもあり、多くの国民の願望でもある。中国の執政党には1950年代末に無計画に行われた「大躍進」という痛ましい教訓があるので、最近の急速な発展に対しては一貫して警戒の姿勢を保ってきた。現在の中国政府の発展ペースへの認識はまだ適切なものとはいえないが、中国は「発展ペースをひたすら追求する者」ではないし、政府や学術界はいずれも最良の発展ペースをかなり真剣に模索しているというのが実際の状況だ。
中国国民の間でますます高まるよりよい生活への希求の念が、中国の急速な発展の第二の動因だ。多くの農民が都市化の流れに乗るようになり、都市機能のグレードアップが中心都市から中小都市へと急速に拡散し、物質的・文化的な生活レベルの向上が徐々に国民一人一人の願いとなっている。ここ数年間の民主的な意識の覚醒に伴い、このような願いがますます多くの人に自身の人生における権利とみなされるようになってきた。国民の中のこうした動力は、今後相当の長期にわたって後退することはないとみられる。
よって現在の中国の急速な発展ペースは、決して単なる「政策の結果」ではなく、ペースの速さそのものを批判しても、結局は賞賛するのと一緒で実際的な意義はない。今はペースの速さがもたらした具体的な問題の解決に真剣に取り組む時であり、途方に暮れている時ではなく、まだあまりよくわからない巨大な全体像に怒りをぶつける時でもない。
|