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私たちの理解をささげよう
長年とハンセン病との戦いのなかで、陽平氏は、多くの患者や回復者に接してきた。インドネシアのある回復村に行ったときに、そこにいる82歳のおばあさんは、自分が12歳のときに病院に来て、今は病気ではないのだけれども、ふるさとは受け入れてくれない、という。ふるさとに帰るときには死んで焼かれて煙になって初めて戻れるのだ、と語っていた。
病気が治った人たちは、昔からいっしょに小さな集団をつくって生活をしている。たとえば病院に訪ねると、十二三才の子どもでも、家に帰りたくないと言う。あるいはその子の親が帰ってくるなと言っている。家庭では、その子供がもういないものとして、どこかに行ってしまったと嘘をつき、その存在をなきものにしてしまう。
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| カンゴでハンセン病患者を見舞う笹川陽平会長(日本財団提供) |
そういう人たちが世界にはまだ数千万人も存在している。でも、普通の健康な生活をしている人たちは、ハンセン病の患者に会うこともないし、そういう人たちが社会の片隅に生きているということも知らない。陽平氏は、みなが同じ人間であり、家族も社会もそういう人たちの存在を理解しなければいけないと主張している。
陽平氏は中国の回復村に行ったこともある。「正直言いますと、非常に気の毒な環境に生活をしている」と彼はやや沈痛な口調で語った。陽平氏の主張は、回復者たちはこれからも普通の村人との交流を進め、貧しいながらも明るく生きられるような社会にしていくことである。そして、そのためには普通の村人たちに、病気は感染せず、治るもので、恐れる必要がないことが分かってもらえば、差別も撲滅されるだろうと考えている。
若い世代で広がるボランティア活動
近年来、ハンセン病障害者への支援活動で現れた新しい動きとして、大学生を中心とする中国と日本の若者たちの間では、中国のハンセン病回復者村を訪ね、建物の修理や道路の建設などを行うボランティア活動が活発になっている。
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| ネパールでハンセン病患者を見舞う笹川陽平会長(日本財団提供) |
2004年に中国で「JIA(Joy In Action)」というハンセン病回復村ボランティア組織が成立し、驚くべきスピードで発展している。2008年、83を超えるワークキャンパスが中国の五つの省で活動しており、1625人余りの若者がこの事業に参加していた。しかも参加者の90%は中国人だった。「JIA」の創始者である原田燎太郎の話によると、現在、毎年およそ2000人の中国大学生がボランティア活動に携わっており、また早稲田大学の学生を含む約100人の日本人学生も参加しているという。
陽平氏は若者たちのこのような活躍を非常に重要視している。「 (中国の)全国的に若い学生たちに協力してやってほしいと私は思っています。計画を立ててやっていこうと思っています」と、彼は語り、ハンセン病制圧事業を若い世代を中心にさらに続けていくことは、何よりも大切でうれしいことでもある、という。
「教育や啓蒙によって差別の原因となる偏見や誤った知識を正すことができ、また教育や研修をハンセン病患者・回復者・家族が受けることによって社会的・経済的弊害を乗り越える力を得ることができる」
これは2011年1月25日に北京大学で発表されたハンセン病とその回復者への差別と偏見をなくすための「グローバルアピール2011」の内容の一部である。笹川陽平氏は、それを実践するために努力してき、またこれからも努力しつづけていくだろう。
人民中国インターネット版 2011年1月26日
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