学生40人脱出させ、息子を亡くした高校教師

 

東汽中学は、綿竹市漢旺鎮の中心部にあり、今回の大地震は学校がある美しくて豊かな地を襲った。

 

地震発生後、東汽中学では、1号から3号教学棟で授業を受けていた、8つのクラスの中の3つのクラスの教師と学生が、無事避難することができた。高校2年生を受け持っていた李開勝さんのクラスは、避難することができたクラスの1つだ。

 

一クラス約40人の学生を安全に脱出させた李さん。しかし同じ学校に通っていた17歳の息子は、がれきの下敷きになった。

 

地震の時に考えたのはクラスの学生のことだけ

 

「地震が起こった時はちょうど授業中で、突然激しい揺れを感じ、学生たちを教室にいさせて動かないようにしました。これが意外なことに学生たちの命を守ったのです」と、地震が発生した時のことを振り返ると、李さんの心臓はまだドキドキするという。

 

5月12日午後2時30分前後、李さんは教学棟2階のある教室で授業をしていた。教室棟が突然激しく揺れて地震だと思ったとき、前に座っていた3人の学生が真っ先に教室の外に飛び出した。この3人の学生は、教学棟から崩れ落ちたコンクリートの下敷きになり、再び外に出ることはできなかった。

 

李さんはほかの学生たちを落ち着かせ、回りの状況を確認するため教室を出たが、隣の教室はほとんど崩壊していた。そしてかろうじて李さんがいた教室を含め、3つの教室だけはまだ立っていた。李さんは再び訪れる危険の前に、学生たちを避難させなければならないと考え、学生たちを連れて段階を降りグランドに向かった。グランドに着いた時は、ほかの地震の影響が少なかった2つのクラスの学生もやって来た。

 

愛する息子を亡くした悲しみを抑え、学生たちを避難させる

 

クラスの学生は、先に教室を飛び出した3人を除いてみんな無事だった。しかしその数分後、李さんは突然「あー」と叫び、完全に倒壊した教室棟の方向に駆け出した。そこには彼の息子が授業を受けている教室棟がある・・・。しかし、李さんの目の前に広がっていたのは、教室棟が崩れたがれきの山だった。

 

李さんはあまりの悲しさに声を出して泣いた。しかしその悲しみを抑え、学生たちを綿竹市人民政府の臨時救護センターにまで送り届けた李さんは、その後、ボランティアの一員として被災者救助活動に参加した。

 

「チャイナネット」 2008年5月18日

 

 

 
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