その明るい顔

山東大学威海分校翻訳学院 蔡新学

 春の朝、授業がないので私は友達と教室への道をのんびりと歩いている。澄みわたった春空に漂っている表情豊かな雲。「空がきれいだね。S先生の顔みたいだ」と友達は目を空に向け、思い出に浸るように懐かしむ。すると、あの光がふと目をよぎり、いっぱいの明るさに包まれたS先生の顔が頭の中にかすかに浮んできる。「そうだね。S先生はいつも明るい顔をしていたね」とだんだん先生の思い出が記憶の引き出しから噴き出し、幕を開いた頭の舞台で映画のように映し出される。

2006年、入学してからS先生は私たちの担当になった。私は夢と希望に胸を膨らませて大学生活を始めたかったが、よくやろうと思えば思うほど緊張が高まる癖が私を悩ませていた。授業で会話を作る時、不安と心配が募る一方で、胸がドンドンと激しく踊らされ、どうしても落ち着かなかった。「蔡さん、どうぞ」と呼ばれると、舌がもつれるように利かなくなった。もちろん話は作れなかったが、先生は優しく微笑みながら私に近づき、友達のように手で私の肩を取り囲んだ。「緊張しないで蔡さん。いつものようにすればいい」と私の目を覗き込むように言った。その明るい目から光った励ましや優しさに私の心は和み、緊張が解け、静かになった。その後の授業ではわざわざ口を開けるチャンスを作り、自信を持つことができるように手伝ってくれた。

友達が「ほら、桃がもう花いっぱいになった」と喜んで叫ぶ声に私は記憶から抜き出される。立ち竦んで見上げるとき、この桃が去年よりにぎやかに咲いている様子が目に入る。数十年の歴史を持つこの木は、風が吹くと花びらが高く低く落ち、ふわふわ舞い上がって、地面に砕ける。去年もこの時、先生はきっとこの桃に惹きつけられたのだろう。私達を誘い、この桃の下で輪になって座り、桜の話に花を咲かせた。その場は笑い声が飛び交い、ピンクの花と柔らかな匂いに包まれた。

楽しい暮らしに明け暮れるうちに、いよいよ先生の帰国の日が迫ってきた。友達が顔を見合わせては「先生は帰るそうだね」「残念だね。一緒にいるとき楽しかったのに」というやりとりをし、そこに含まれた気持ちが悲しくてたまらなかった。だが、いくら嫌でもラストの授業がやってきた。

先生はやはりいつものような明るい顔をしていて、日本式の卒業式を行いたいと言った。わざわざ買ってきた賞状には一人ずつの評価と励ましの言葉が乗せられていた。そしてついに私の番が来た。先生はいつの間にか目が赤くなり、涙に潤まれた。「蔡さんはね…」とだけ言って喉がつまったように、どうしてもその後の言葉を続けられなかった。先生は涙を見られないように顔を背け、手で涙を拭った。教室が急に静まり返り、ある名残惜しさのようなものがじんわりと広がって、みんなに染まり、女子学生のすすり泣く声が聞こえた。やがて先生は勇気を出すように頭を上げ、深呼吸をし、明るい笑顔に戻った。「蔡さんはね、お母さんによく電話するのを忘れないでね」と私を見つめて期待を込めるような眼差し。それを見た私の頭に稲妻が走り、ふと何が先生に涙をこぼさせるのかがわかった。そもそも先生は私たちへの愛着を抑えることに最善を尽くして無事にラストの授業を終えるつもりだったが、母という話題が異国にいる先生の巨大な感情をそそり、洪水のように心の最後の防御線を押し潰したのだろう。

「誰にも見せない泪があった、人知れず流した泪があった…」と『栄光の架橋』が流れ出した。S先生は涙の名残を残しながらも明るい顔でリズムに乗り歌った。

「終わらないその旅へと、君の心へ続く架橋へと…」音楽が流れるうち、過ぎ去った楽しい日々が次々と浮かび、涙や思い出の映像で目の前をぼんやりさせた。「確かに先生にも自分だけが知っている苦しみがあったでしょうが、私たちの心に栄光の架橋をかけたのも確かです」と私は心から先生に伝えたかった。

また授業があるせいで私たちは窓からS先生を見送るしかなかった。歩いているS先生は突然振り返り、大きく手を振った。もちろん、いつものような明るい顔だった。あの姿はせつないほどはっきりと私の心の底に焼きつけられた。

今、「ものはいつもと変わらないのに、ただその人だけがいない」というもの寂しい気持ちに突然襲われる。見る物すべてにS先生の影が織り込まれているが、人はそばにいない。ある寂しさが心から湧き出る。

「S先生のメール、届いた?」と友達は聞く。「ええ、韓国にいるって」と私は答える。先生とは別れた後もメールで繋がっていて、今でも関心と励ましをもらう。するとあの明るい笑顔が頭の中にありありと浮かび、寂しさを追い出し、明るい気持ちいっぱいになる。

そして私は白い雲に目を向け「雲さん、雲さん、S先生への幸せを送ってくれますように。日中の栄光の架橋で続きますように」と心から願う。

創作のインスピレーション

大学に入学して、一年の間に、隅々のところまで先生の世話になりました。失敗したり、心が沈んだりしたとき、先生の明るい顔が脳裏に浮かんできて、進み続ける勇気を与えてくれまして、今にも先生の恩恵を心でしみじみ感じています。日本語を習って二年ばかりで、表現能力はまだ低いですが、どうしても先生への感謝の気持ちを表したいです。2008笹川杯征文大赛をきっかけに、よく考えて、何度も書き直して、やっと完成しました。

 

人民中国インターネット版 2008年12月4日

 

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