サブプライム問題とイソップ物語

 

江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。

 今年9月、中国では宇宙ステーション建設を目指す「神舟7号」が打ち上げられ、初の宇宙遊泳に成功しました。中国にはこのほか、月面着陸を目的とする「嫦娥」計画もあるなど、宇宙事業に国威をかけて取り組んでいます。今日、巨費を投じて宇宙事業を単独で積極的に推進できる国は中国をおいてほかにないでしょう。

世界の注目を集めた北京五輪開催から一カ月後、リーマン・ブラザーズが破綻するなど、米国発サブプライム・ローン問題の激震が世界経済に波及しつつあります。中国の壮大な宇宙事業の快挙と世界経済の未曾有の危機といった世相に、世界経済における中米両国のプレゼンスの変化が垣間見えるようです。

プレゼンスを高める中国

イソップ物語に「ウサギとカメ」という話があります。両者が「駆けくらべ」をする話ですが、宇宙事業では、ウサギは今から40年ほど前に「アポロ11号」による月面着陸に成功し、スペースシャトルなどで数々の宇宙実験を行っている米国、それに対し中国はさしずめカメでしょう。

宇宙事業において、米国はかつての勢いはないものの、中国の先を走っていることに変わりはありません。ただ、宇宙事業の発展を支える経済力となると、中国と米国との差はかなり縮まってきています。

現在、世界がもっとも関心をもっているのは、1929年の世界恐慌以来の危機といわれるサブプライム・ローン問題の行方ではないでしょうか。世界経済の発展に影響力のある国・地域としては、米国、中国、EU、日本、産油国、新興国などが指摘できますが、このうち、この問題に対しもっとも多くの選択肢をもっているのは中国でしょう(注1)。

中国は、10年前のアジア通貨危機で、世界から確実視されていた人民元切り下げを断固として行わず、その後のアジア経済の安定に貢献した実績があります。当時の金融危機はアジアに限定されていましたが、今回は世界的規模です。中国の経済力は当時と比較にならないほど大きくなっています。中国がどう対応し、どんなメッセージを発信しようとしているのか、今、世界の関心事の一つになっているといってよいでしょう。

天津・ダボス会議での約束

米国の金融安定化法案の採決の行方に世界が固唾を呑んでいたころ、天津では第二回天津夏季ダボス会議(注2)が開幕しました。その折、クラウス・スクワブ議長の「中国は当面の世界経済危機にどう対応するか」との質問に対し、温家宝総理は、「各国との協力を強化し、(中略)中国が力強くかつ安定的高成長を維持すること、これこそが世界経済に対する最大の貢献である」と答えています。

9月に天津で開かれた第2回夏季ダボス会談で演説する温家宝総理(新華社)

会議参加者の中には、サブプライム・ローン問題を「危機即ちチャンス」とみて、海外展開や国際ブランド、国際金融関連人材などの確保が容易になるとの企業家もあったようです。また、この機会にウォール街に投資しようなどといった「救美英雄」(米国の救世主)を気取るうわさ(注3)も少なくなかったようですが、中国人民銀行は、これをきっぱり否定しました。

サブプライム・ローン問題では、中国経済への影響、金融機関の損失も少なくなく、この点で、温家宝総理は今の経済成長維持を優先し、そのために経済矛盾を是正していくことに全力を上げると、天津で約束したと言えるでしょう(注4)。

期待される農村改革

中国共産党の17期三中全会が10月9日に開幕しました。「神舟7号」の快挙やサブプライム・ローン問題にかかわる議論もあったようですが、ここでの最大の議題は農村改革の推進でした。中国経済の高成長を決定づけた「改革・開放」路線が敷かれたのがちょうど30年前の11期三中全会でした。この間、都市と農村との格差(注5)が進むなど課題も少なくなく、農村改革は、常に古くて新しい問題でした。

農村改革は中国経済の持続的高成長にとって、また、中国の内需拡大を通じて世界経済に貢献する必要から、今日大きくクローズアップされています。第二回天津夏季ダボス会議での温家宝総理のメッセージが17期三中全会にも反映されていると言えます。

今日の状況をかりに「現代イソップ物語」とするならば、サブプライム・ローン問題で深手を負ったウサギが、傷を癒すべく、後から来るカメに協力を求めるところまで話が進んでいると言えるでしょうか。チャイナ・パワーの源泉である中国経済の成長スピードは、カメのようなのろい足取りではないにしろ、少し減速(注6)されることになっていますので、ウサギのところまで来るのにやや時間がかかります。しかしそれまでに、持続的成長に向け、長年の課題である農村改革を力強く、安定した歩みで推進し、その成果が出た後にウサギの協力要請を考え、かつ宇宙事業でもよきライバルになろうと、カメは考えているようです。

注1 サマーズ元米国財務長官は、金融安定化法案が米下院で可決された直後、サブプライム・ローン問題の克服には、米国の納税者以外では、中国と中東国家の支持に大きく頼っている、と語ったことが、英国『インディペンデント』紙で報じられている(中国新聞ネット 2008年10月8日)。

注2 夏季ダボス会議は、ダボス会議の創始者であるクラウス・スクワブ氏と中国の温家宝首相の共同提案によって開催。2007年に第1回を大連で開催(2009年の第3回も大連となる予定)。

注3 米国が市場救済の資金集めを始めれば、中国は2000億ドルの米国国債を購入するなど米国救済措置を講じるなどとしたうわさ。

注4 世銀のチーフエコノミストで中国を代表する経済学者(北京大学教授)である林毅夫氏も「米国は全世界との協力で眼前の危機の解決を図りたい意向だ。中国との協力だけを当てにしているわけではない。ただ、中国が安定した高成長を遂げることが大きな貢献に値する」としている。

注5 都市と農村の所得格差は平均3.33:1とされる。

注6 中国側の発表によるGDP成長率で見ると、2007年11.9%、2008年10.1%(予測値)、2009年9.0%(予測値)。成長率の減速は経済過熱を軽減するための調整措置による。

 

人民中国インターネット版 2008年12月26日

 

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