家庭の味と街角の味  
 

 

正統派上海料理を味わいたかったら、上海人の家でごちそうになるのが一番である。食材の買い出しから、野菜を洗って調理し、テーブルに料理が運ばれるところまで、家庭料理の味を楽しめると同時に、上海人の生活の趣を味わうことができる。さらに、運がよければこっそりと料理のコツをつかむこともでき、「一挙多得」である。

家庭でごちそうになるチャンスはなかったとしても、街のレストランで食欲を満たすのも悪くない。上海にはさらに洗練された食材を使って、家庭料理のような味を楽しめる老舗のレストランも少なくないからだ。

家庭の味

80歳という高齢ながら汪世芬さんは、いつも自ら台所に立ち、家族のために上海の家庭料理をつくる
80歳の汪世芬さんは上海生まれ上海育ちの「老上海(生粋の上海っ子)」である。私たちをもてなすために、自ら野菜市場へ足を運び、買い出しに行ってくれた。青菜をいくつか買った彼女は市場の一番奥の店に走っていくと、店主に2角(1角は0.1元)を差し出した。前日買い物に来たときに足りなかった細かいお金だ。今やアイスキャンディーが1本1元はする時代。その2角を受け取る店主は恥ずかしそうだったが、汪さんは頑として差し出した。合理的な金銭感覚を持つ上海人にとって、2角であろうとおろそかにはできない。

その日、汪さんは空豆の炒めもの、もやしと田ウナギの細切り炒め、エンドウと魚のスープなど旬の野菜料理をいくつか作ってくれた。彼女はもともと浙江省寧波の人なので、「濃油赤醤」(油と醤油がたっぷり)という正統派上海料理の特徴はそれほど顕著ではない。それどころか口当たりのさっぱりとした、甘みのある料理である。四川省の人はトウガラシの入っていない料理は作らず、上海の人は砂糖の入っていない料理は作らないといわれる。この言葉に嘘はない。しかし、今日では砂糖の摂りすぎは糖尿病になりやすいことをみな知っているため、白砂糖をキシリトールにかえるなど、健康も美食と同じように大切に考えている。

さっぱりとしておいしい「上海の味」を味わっているうちに、幼い頃の記憶が呼び覚まされた。筆者は生まれも育ちも中国の北方であるが、母方の祖父母は上海人である。そのころすでに退職して家にいた祖父は、普段はまったく家事などしないのに、田ウナギをさばくのだけは、自分の腕の見せ所と張り切っていた。週末の午後になると、昼寝から起きてきた祖父はストライプの寝間着姿のままテーブルの前に座る。まずまな板を拭いてから、田ウナギをまな板の上に固定し、骨にそって包丁でその肉をさばいていく。ひどくゆっくりした動作であるうえ、上海の地方劇の歌まで添えられ、眠気を誘った。そんなシーンが、私にとって上海スタイルの生活の最初の印象である。

庶民の家で味わう本場の上海料理は、格別だ

上海人の家で食事をする際、心に刻んでおかなくてはならないことがある。箸を動かすのに決して慌ててはならないということだ。テーブルにつくと、さまざまなおかずが盛りつけられた小さなお皿が雑然と並んでいるのが目に入る。それを見て、心の中で思わずため息をつく。「こんなにいろいろな料理をつくってくれるなんて、実に心のこもったもてなしだが、残念なことに量はずいぶんと少ないな。これほど大人数で食べたらお腹いっぱいにはならないだろう。争うようにして少しでも多く口に入れない限りは」ところが、必死に目の前の料理を平らげ、なんとかお腹が落ち着いたころ、その家の主人が笑いながら言う。「すっかりおしゃべりに夢中になってしまったが、そろそろメインの料理に入りましょう」そう言って背中を向けるとキッチンへと姿を消し、炒め物を始める。そして、さらにすばらしい料理が次々に運ばれてくる。そのときになってから後悔しても遅い。だから、上海人の家でごちそうになるときには、忍耐強い食客でなくてはならない。

 

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