物語にとむ武康路  
 

 

1924年に建てられた武康大楼。武康路のシンボル的な建築物となっている。かつて中国の映画スターたちがここで暮らした
「寸土寸金(寸土は一寸の金ほどに価値がある=土地が貴重である)」といわれる上海のような大都市で、「永遠に拡張せず、現状がとどめられている」ということは、歴史ある美しい道への最高の称賛である。上海市の徐匯区にある武康路は、そんな道である。

華やかでにぎやかな南京西路から武康路にやってくると、たちまち周囲が静かになる。1キロあまりに過ぎないカーブしたその小道は、一方通行で車はあまり通らない。両側の緑の木々が木陰をつくり、壁に囲まれたさまざまなヨーロッパ風の建物とコントラストをなしている。時間にゆとりのある午後に、ぶらぶらと散策し、美しい建物を眺めたり、道端の小さなショップをのぞいてみたりするのに最適の通りである。2人乗りの自転車などを借りてゆっくりと走ってみても、気持ちがいい。

20世紀の初期の武康路は、フランス租界に属していたため、フランス式の建物が非常に多い。中でももっとも代表的なものといえば、武康大楼の他にない。1924年に建てられた武康大楼は、当時、上海バンドでひところ大いに名をあげたハンガリーの建築家・ヒューデックが設計したものである。当初はノルマンディー・アパートと名づけられたが、1949年以後、武康大楼となった。旧名は第2次世界大戦のノルマンディー上陸との関係はなく、第1次世界大戦に沈没したノルマンディー級戦艦を記念するためにフランス人が名づけたものだという。その外見は、細長く、いくらか三角形を呈している八階建てのアパートである。確かにそんな名前が似合わなくもない。淮海中路と武康路の交差するところにあり、2、3階建ての一戸建てばかりが並ぶこのあたりでは、極めて目立っている。遠くから見ると、波をかきわけて進んでゆく巨大な船のようである。

武康大楼

そのため、いつしか地元の人々には「ノルマンディー・アパート」とも「武康大楼」とも呼ばれなくなり、「汽船大楼」と呼ばれるようになった。人々は、本来の名にいかなる深い意味があろうとまったく気にせず、彼らは彼らの考えで、見た目で似ているものがあれば、その名で呼ぶだけである。北京の国家大劇院が「鳥の卵」と呼ばれ、国家体育場が「鳥の巣」と呼ばれているように、ほんとうの名はとうの昔に忘れられてしまっている。

「汽船大楼」を含む異郷の雰囲気が漂う多くの洋館は、かつて少なからぬ文壇や政界の著名人が暮らしていたことがあり、歴史の変遷を目撃してきた。「汽船大楼」には、趙丹、王人美といった当時の中国で知らぬもののない大スターたちが住んでいた。武康路40号は、かつて民国政府の総理であった唐紹儀の住まいであり、彼が暗殺された場所でもある。113号は、有名な作家の巴金が『随想録』を書き、「文化大革命」や人間の暗い面を振り返ったところである。262号は毛沢東夫人だった賀子珍が、1843号は孫中山夫人の宋慶齢がそれぞれ住んでいたところである。

宋慶齢は中国の現代史でもっとも活躍した女性といえる。宋家は三姉妹の中から2人のファーストレディーが生まれた。孫中山が逝去した後には、国民党と共産党の合作を促し、また新中国の成立の過程において重要な役割を果たし、1981年に国家名誉主席の称号を授けられた。

1948年から1963年にかけて、宋慶齢は主に武康路のこの邸宅で暮らしていた。今でも、ここには当時のインテリアがそのまま残されている。その部屋の様子からは、彼女の質素な暮らしがうかがえる。生活必需品のほか、いくつかの装飾品があるが、そのほとんどが外国の首脳や友人から贈られたプレゼントである。宋慶齢は上海のこの家を非常に気に入っていた。ここには、彼女が晩年にもっとも愛した2つのものが残されている。それぞれの部屋に掛けられている孫中山の写真と肖像画、そして庭にある40本あまりのクスの木である。後者は彼女が自ら手入れをし、育てていた木々である。

1932年に建てられた地中海スタイルの武康路390号の洋館。元々はイタリア総領事の公邸であった。上海でも珍しい建築

武康路1843号の宋慶齢旧居

武康路には、ほかにもまだたくさんの物語がある。どこかの庭に一歩足を踏み入れ、あるいは建物に入ってみるだけで、思わぬ収穫が得られるかもしれない。武康路392号の白く美しい建物が目に留まり、写真を撮るために覗いてみた。周りの住民に尋ねると、そこはかつて袁世凱が暮らしていた家だったという。数年前、袁世凱の子孫が海外から帰国し、この建物を買い取りたがっていたものの、果たせなかった。住民たちもまた、買い取ってほしいと願っていた。そうなれば、住民たちは補償金を手に入れ、新しい住まいに移れるからだ。古い洋館には、美しい彫刻の施されたバルコニーや木製の階段などがあるものの、7、8戸が一緒に暮らすには、やはり狭すぎるのである。これはガイドブックには書かれていない、ロマンティックな武康路のリアルな物語である。(高原=文・イラスト 馮進=写真)

 

人民中国インターネット版 2010年4月26日

 

 

 

 

 
 
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